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企業広告考~企業・社会・個人の関係から(3)

 前回は、「企業広告」がどのように拡大進化を遂げてきたかを、企業・社会・個人の関係を縦軸に、それに伴う「企業広告」のメッセージの広がりを横軸にしながら見てみました。この連載を終わるに当たり、これからの「企業広告」はどのようなターゲット像を持つべきなのか、また「企業広告」自体が今後どのような可能性を持つのかを考えてみたいと思います。

これからの「企業広告」のターゲット像

 「企業広告」の歴史は、70年代から80年代前半のように、企業と社会と個人が同じ目線で時代を見ていた時代から、企業が個人を、ある時は顧客として、ある時は従業員として、またある時は株主として見ながら広告の対象とする90年代へと進化してきました。
 しかしながら、個人を、ある時は顧客、ある時は従業員、ある時は株主と捉えることは、企業の一方的な都合によるものであり、個人は、その中に顧客になる時間や、従業員になる時間や、株主になる時間を持っているにすぎません。
 また、個人の側から見ると、この40年間、個人は、属する企業や社会と目指すものを常に共有しながら働く存在から、企業と社会がある距離を持ち始めても、なお企業サイドに立って働く存在へと変化し、さらに今また、個人の成熟という個人の側の変化と、終身雇用や年功序列という日本型システムの見直しという企業経営の変化の中で、社会からも企業からも独立した存在としての個人が生まれ始めていると考えることができます。(図1)


図1 企業・社会・個人の関係の変遷

 そのように、個人が企業や社会のイコールパートナーとして成熟しつつあるとすれば、「企業広告」のターゲットは、顧客としても、従業員としても、株主としても成熟したある個人を想定するべきだと考えられます。
 ただ、個人の変化は、全体としても、またひとりの個人の中でも爬行的です。プロシューマーという言葉がありますが、今の日本の社会がそのように呼べる成熟した消費者だけで構成されているとは思えません。また仮にその個人がプロシューマーであっても、その人が同時に成熟した従業員(変な言い方ですが、意識の上では企業から自立しながら、報酬に見合う価値を企業に提供する従業員という意味です)であることや、成熟した株主であるということは考えられません。
 もちろんそれは実在しないターゲットですが、少なくともそのようなターゲット像の評価に堪える「企業広告」こそが、真の意味で今後望まれる「企業広告」だと思われます。社会からも企業からもある距離をおきながら、これからの社会や企業をリードしていく見識と行動力を持った個人、そんな個人が登場しつつあるのではないでしょうか。
 「企業広告」の制作に当たっては、いかにそのようなターゲット像を明らかにし、企業内で共有し、そのターゲット像が納得できるようなメッセージを送れるかがポイントだと思われます。

企業変革のドライバーとしての「企業広告」

 それでは、そのような個人に評価される「企業広告」とはどのようなものでしょうか。
 振り返ると、企業・社会・個人がひとつの船に乗って同じ目的を追いかけていた80年代までの「企業広告」は「共感獲得型企業広告」という言い方ができると思います。また、90年代にはいって、CI告知、採用、社内活性化という明確な目的に基づいて展開された「企業広告」は「経営課題対応型企業広告」と名づけることができます。そして現在、「企業広告」は、さらに拡大進化しているように思われます。それは、「企業変革のドライバー」としての「企業広告」の役割がますます大きくなっているのではないかということです。そういう意味で現在の「企業広告」は今の企業変革のキーコンセプトである「コーポレートブランド」という概念と切り離して考えることはできません。
 日本の企業は、失われた10年と呼ばれる時代、マーケットに対しては「価格訴求」を行って、いかに商品やサービスを買ってもらうかを考えるとともに、企業内では、ヒト、モノ、カネ、ノウハウという経営資源の無駄をいかに削減し、利益のあがる企業に変身するかに腐心してきました。それは、経営資源の選択と集中を行いながら、いかに持続的に成長し続ける経営とマーケティングのあり方を模索するかという作業だったと思います。
 そこで、注目されたのが、「ブランド」という概念だったと思います。新商品を出し続けることによって、商品のスクラップ&ビルドを行い、市場を刺激しながら収益をあげていくマーケティングから、「ブランド」というマーケットとの強い関係をベースにしながら、最小の投資で最大の継続的利益をあげる手法、それが「ブランド」をつくるということでした。それを商品のレベルで行う「商品ブランド」、企業のレベルで行う「コーポレートブランド」という区分を行ってみると、特に「コーポレートブランド」の領域であらためて検討を迫られたのが、それぞれの企業のコアコンピタンスであり、社会での存在意義であり、企業の社会への提供価値の再定義です。
 80年代から90年代にかけてのCIブームと呼ばれた時代も、ある意味で企業の存在意義の再定義が求められた時代でしたが、当時は、好景気の中で企業実体が拡大することへの後付けのような形で、企業価値が再定義されたように思われます。従って、当時の企業広告は、それを変革のドライバーとして機能させるというよりは、企業の内外に、変化しつつある企業実体を「確認」するという役割が大きかったような気がします。今回は、むしろ企業価値がまず再定義され、その後にそれに合わせて実体の再構築、すなわちブランドの整理であったり、企業文化の変革であったり、ステークホルダーとの関係の結び直しを行うという違いがあるように思われます。
 結果として、現在の「企業広告」はその前の時代と異なり、個々の経営課題解決のためというよりは、企業価値の再定義と幅広いステークホルダーとの共有という意味で、本来の意味でのコーポレートブランド構築を目指すものへ変化してきているように思われます。
 もちろん、これらの目的を持った「企業広告」の中にも、その切り口によっていくつかのタイプがあるように思われます。それを見ていきながら、今後の「企業広告」についての筆者なりの提言を行ってみたいと思います。(日経広告手帖八月号 図1「企業広告の変遷」参照)

企業の提供価値を時代にチューニングする「企業広告」

 当然のことですが、企業の提供価値は、それが価値として受け入れられるためには、マーケットやステークホルダーのニーズに対応していなければなりません。時代の求める価値と、みずからの提供する価値をチューニングし、マーケットの理解を求めるとともに、企業実体をその価値に向けて変革する、日本郵政公社の「真っ向勝負」や、良品計画の「無印良品」は、そのような目的を持った「企業広告」と考えることができます。
 これらの広告は、それ以前のマーケティング(事業)サポート広告の進化した形と考えることができます。

時代をリードする価値を提示する「企業広告」


図2 「企業広告」の可能性

 この中には三つの方向があるように思われます。
 その三つの方向とは、図2に見られるように、企業・社会・個人がある距離を持ちながら共存していく状況を想定したときに、企業が発するメッセージとして、社会の将来像への提言という形で提示される「企業広告」、社会と個人との関係の将来像という形で提示される「企業広告」、企業と個人の関係の将来像という形で提示される「企業広告」の三つの方向です。

(1)社会の将来像の提示

 失われた10年を経て、自信喪失と不安の中に揺れている日本人が今求めているのは、本当に納得できる企業・社会・個人の目標であり、さらには国家としてのビジョンです。人々は報道に限らず、広告の中にもそれを求めています。それは、かつて日本人が明確な目標と自信を持っていた時代に「モーレツからビューティフルへ」のキャンペーンが行ったような、時代の気分を社会と共有するという行為と異なり、前人未到の新しいビジョンを生み出し提示する行為です。
 最近、日立の「Next MADE IN JAPAN.」や、記事体広告のシリーズである「イノベートジャパン」のように、次の時代の日本のビジョンを模索する「企業広告」が散見されますが、社会の中にも、日本企業の再生に伴い、一時は失望していた日本企業の力への期待が高まっているように思います。今、企業として、時代をリードする価値やビジョンを的確に提示することは、社会的に見てもその企業の価値を大きく高めることにつながると思います。

(2)社会と個人の関係の将来像の提示

 先ほど、今、日本の企業に対する社会や個人の期待は再び高まりつつあると述べました。特にITバブルの崩壊後、技術の進化に対して懐疑的になっていた社会や個人も、デジタル家電の進化や、通信環境の飛躍的進化によって、時代や生活の変化を感じ取りつつあります。
 例えば「ユビキタス」という環境変化は、たんなる量的な変化ではなく、質的な変化を伴うという予感があります。ただ、この急激な変化は、デジタルデバイドという問題も含めて、次の時代へのある不安を内包していることも事実です。企業の提供価値を時代にチューニングする「企業広告」は、あくまで現在の社会への企業価値のチューニングということでしたが、次の時代の社会や個人の幸せを描きながら、その中での自社の役割を目に見える形で提示することができれば、社会のみならず、企業内を変革する強いドライバーになりうると思います。富士ゼロックスの「オープン オフィス フロンティア」(広告1)や、KDDIの「デザイナーズKDDI」はこのような試みのひとつと捉えることができます。

(3)企業と個人の関係の将来像

 今の日本は、企業・社会・個人がひとつの船に乗って同じ目標を追いかける時代ではなくなったということは先に述べました。特に企業とその企業内の個人を考えると、長い日本企業の伝統ともいうべき、終身雇用、年功序列の崩壊や、年俸制、能力主義の導入といった最近の流れは、これまで一体と考えられていた企業と企業内個人の間に微妙な距離が生じてきていることを感じさせます。これは、これまでの日本企業の中のウエットな労使関係が、よりドライな関係に変化することと考えられます。
 しかしながら、日本の企業が業態や組織の変革に関してこの10年変革の苦しみにあえいだ末、ようやく今曙光が見え始めたということを考えても、一朝一夕に新しい関係が定着するとも思えません。制度を変えることはできても、企業内個人の意識はなかなか変わらないと考えられるからです。このような産みの苦しみともいうべき時期に、かつて社内活性化や意思統一のために行われた「企業広告」は、再び新しい役割を持ちうるのではないでしょうか。
 ただし、今回は、一律に企業内をある方向に向けるということではなく、新しい関係の結び直しの時期に、企業内個人それぞれの生き方の変革を迫ることであるだけに、かつてよりも難しいコミュニケーションであると考えられます。NECの「私(社長)よりエライ社員が、たくさんいます」(広告2)は、そのような切り口から企業価値を高める試みと考えることもできます。

 以上、これからの「企業広告」のあり方について、筆者なりの考え方を整理してみました。一言で言うと、かつての「共感獲得型企業広告」から、「経営目的型企業広告」へと拡大進化してきた「企業広告」は、これから「変革ドライバー型企業広告」へと進化していくのではないかということです。それは、「経営を支える企業広告」ではなく「経営を変える企業広告」であると言い換えることできます。
 第1回で述べたように、「企業広告」はコーポレートブランディングを考えるに際して、企業としてコントロール可能な唯一最大のツールです。この小論が、企業変革のドライバーとしての新しい「企業広告」像についての理解を少しでも深めていただくことにつながれば幸いです。


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電通 統合マーケティング局
エグゼクティブ・プランニングディレクター
小林 健一

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