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企業トランスフォーメーションとブランド戦略

ブランドマネジメントの現在

 今日の先進企業ではブランドを重視し、ブランド価値を高めるためのブランド戦略を取ることがほぼ常識となりつつあります。経営やマーケティング活動にとってブランド戦略は不可分のものとして認識されるようになったのです。もちろんこうしたブランド戦略を企業が取ることは流行ではなく、企業経営上の必然性に根ざしています。
 なぜ企業はブランド価値を高めようとするのか。それはブランド価値を高めることによって企業活動をより効率的かつ効果的なものとすることができるからです。顧客はブランド価値の高い商品により高い価格を支払い、また長期的に購入を継続しようとします。こうした戦略の有効性が高まってきたからこそ、企業はブランド戦略を積極的に採用しようとしているのです。
 しかし、これまでのブランド戦略論でほとんど論じられてこなかった重要な問題がひとつあります。それは企業の危機とブランド戦略との関係です。私は以前に出版した本(『企業を高めるブランド戦略』講談社現代新書)の後書きで、ブランドは企業危機の産物である、と書いたことがあります。多くの場合、企業は危機に陥ってはじめてブランド戦略の必要性に気づきます。なぜならば自社の存続が怪しくなったとき、はじめて自社が何のために存在するのか自らに問わずにはいられないからです。
 この意味では、日本のバブル経済の時代に誰もブランドについて考えようとしなかったことは当然です。皮肉なことにこの時期コーポレートアイデンティティという活動は盛んに行われていたのです。一方アメリカでは1980年代終わり経済が苦境に陥った、ちょうとその時期にブランドという考え方が注目されたことを想起する必要があります。
 危機がブランドの成功につながった例として、インテル、日産自動車、IBMという企業が挙げられます。こうした企業は危機を経験することによってブランド構築に本格的に乗り出し、成功を収めた企業ということができます。
 別の言い方をすれば、これは企業の変化とブランド戦略との問題でもあります。企業は常になんらかの変化をマネジメントしなくてはなりません。大胆に自己変革できない企業は消え去るしかない。しかしブランドにとっては変わらないで一貫していることがむしろ資産です。ブランドは消費者認知のうえで態度や長期記憶として変化しにくい要素であるからこそ企業の資産なのです。
 それでは企業の変化をマネジメントすることと、ブランドのマネジメントとはどのように折り合い、その間の矛盾を解決できるのでしょうか。たとえばIBMが1990年代初期の危機に際して「汎用コンピュータのIBM」というブランドコンセプトに固執していたらどうなっていたでしょうか。
 ここでは企業の変化のことを「企業トランスフォーメーション」と呼んでみます。企業トランスフォーメーションとは、企業の危機に直面して企業を前向きに改革していくそのプロセスを指しています。企業トランスフォーメーションに際して今日の先進企業はどのようにブランド戦略の面で対応しているのでしょうか。

危機と対応戦略

 企業トランスフォーメーションといってもそこにはいくつかの異なる危機の形があります。それをつぎのような二つの軸に分けて考察してみましょう(図)。

ひとつの軸は、変革の必要度です。それまでの事業モデルを構造的に変化させなければならない「革命的変化」と事業モデルを徐々に革新していく「進化的変化」の二つがあります。もうひとつの軸は利害関係者の関与です。とくに従業員の意識を変化させることがブランド戦略にとって重要かどうかで二つに分けます。すなわち「利害関係者関与高」「利害関係者関与低」です。
 まず(1)の象限とは、事業体質を大幅に改革しなければいけないと同時に従業員の意識変化が求められるような事態です。IBMは九三年前後、当時「ダウンサイジング」と呼ばれたコンピュータ業界の変化に際して危機を経験しました。そのときCEOに就任したのがルイス・ガースナー氏でした。彼の改革の結果、IBMの売り上げの半分近くが「サービス」(ソリューション)の売り上げで占められるようになりました。90年当時ハードの売り上げが六割以上あったのと比較すればこれは事業モデルの「革命的変化」といわなければなりません。
 このような企業変革に際してIBMは当初“e-business”、最近は“On Demand Busi-ness”というスローガンを掲げています。こうしたスローガンは企業の現状ではなく、企業が将来どのようになりたいか、を示しています。ということはこうしたスローガンを掲げているときはまだそうしたあり方は実現されていないし、現状とは不一致であることもありえるのです。つまり(1)象限にある企業はその企業がどのような企業でありたいかを企業コンセプトで示し、利害関係者とくに従業員にそうしたあり方を示すべきであるということになります。
 (2)の領域で起こる企業危機においては、事業変革は漸進的でありそれまでに築き上げた事業モデルをより洗練し改善することが求められます。マクドナルドの2002年第4四半期の上場以来初の経常赤字という「危機」はそのようなものでした。マクドナルドは既存ブランドの立て直しを目指し、グローバルブランドオフィサーにラリー・ライト氏を迎え、マクドナルドのブランドパーソナリティを「楽しさ」(fun)と規定しなおしました。これはもとからマクドナルドブランドがもっていたパーソナリティをより鮮明にしたものでした。こうしたブランド施策と同時に店頭サービスを改善し高めました。このようにブランドと連動した社内改革によってマクドナルドはまた黒字に復帰することができたのです。
 (3)象限での企業危機では、漸進的な事業モデル改革と主に消費者に向けた自己改革が求められます。プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の2000年の危機では、複合的な原因によって株価が五十ドルにまで下落しました。このときイェーガーCEOが辞任し、A・G・ラフリー氏が新CEOに就任しています。ラフリー氏は方針のひとつに「最も大きなブランド、顧客、市場で成功する」ことを掲げて、組織を簡素化しました。またヘルス&ビューティケアのような収益率の高い部門をM&Aなどにより強化し、P&Gをふたたび「軌道に戻す」ことに成功しました。
 (4)象限の事例としてはインテルが挙げられます。同社が「危機」を経験したのは80年代中ごろのことです。インテル社は日本企業との間でDRAM(ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリー)の競争に敗れて、この分野から撤退することを決意しました。八六年には二億ドルの赤字を記録して、六つの工場を閉鎖し三割の従業員を解雇する事態を経験しています。その後インテルは80年代の終わりに、当時消費者の間でパソコンが急速に普及するのを見て「プッシュ」から消費者「プル」にマーケティング戦略を切り替えました。同社がもっとも得意とするMPUで絶対的な優位を築くため、消費者向け広告を始め、ついにはペンティアムという新ブランドを生むに至ったのです。

戦略的インプリケーション

 このように企業の危機とブランド戦略とを対照させることによっていくつかのことがわかってきます。
 ひとつは危機においてはじめて企業は本気でブランド戦略を立て直す必要性を感じるし、またそのような危機感に基づいて実行されたブランド戦略ほど成功しやすいのではないか、ということです。
 もうひとつは、ブランド戦略は他の事業改革と有機的に結びついた形において実行することが必要であるということです。例えば日産自動車はカルロス・ゴーン氏のリーダーシップの下でブランド戦略を実行し成功を収めていますが、ここでもブランドとそのほかの改革とが分かちがたく結びついています。
 三番目のインプリケーションとして、企業危機のもつその「質」を理解する、つまりどのような改革が必要かを見極めることがブランド戦略にとって重要だということです。その危機のありようによってブランド戦略のあり方が決定するのです。
 それではこうした戦略的インプリケーションを基にして、企業実務にとってどのようなマーケティング・アクションが必要でしょうか。企業の危機が成功するブランドを生むという命題が正しいとして、危機に陥っていない企業にはブランド戦略は不可能なのでしょうか。もちろんそうではありません。
 まず、その企業が置かれている状況のなかにどのような潜在的危機があるか、それを認識することが最初に必要なアクションです。すでに多くの研究で指摘されているように、企業に危機をもたらすのは多く、その企業が成功してきた要因そのものにあります。どこから危機が訪れるのかその可能性を考えてみることが必要です。
 次に必要なアクションは「どうしたらブランドが強くなるのか」を考えるかわりに「わが社はどのようにブランド戦略を用いることができるのか」を考えることです。本論で引用した企業はどこもブランド戦略を自社の経営課題に対応した形で用いています。つまりブランド戦略とは自社の課題に対しカスタムメードでなくてはならないし、同時にブランド以外の経営戦略と対応していることが必要です。
 三番目のアクションとしてトップマネジメントがブランドの必要性を認識し、その重要性を自分の言葉で社内に訴えることが挙げられます。本論で引用した企業はどこもトップ自身がそのような行動を取っていました。このためにはトップ自身がブランドについての哲学を持たなければなりませんし、社内セミナーや組織づくりなどの実際の活動を伴う必要があります。
 日本企業においてもブランド戦略はすでにさまざまな形で実践されています。しかし、多くの日本企業にとってブランド戦略がはじまるのはまだこれからではないでしょうか。なぜなら危機をブランドによって乗り越えることは多くの日本企業にとって未知の課題だからです。
(本原稿は2004年9月にシカゴで行った日経・IAAセミナーでの講演内容に基づいて改変を加えたものです)

法政大学経営学部教授/
コロンビア大学ビジネススクール客員研究員
田中 洋

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