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米国におけるマーケティングの新潮流(1)

IMCとは何か

 筆者は現在、ノースウェスタン大学メディル・ジャーナリズム大学院統合マーケティング・コミュニケーション(IMC:Integrated Marketing Communications)学科に籍を置き、CRM(Customer Relationship Management)の研究を行っている。これから二回にわたる連載では、このIMCを取り上げ、刺激的な環境の中で筆者が肌で感じたマーケティングの大きなうねりを考えてみたい。

 ところで、IMCのコンセプトそれ自体は、決して目新しいものではない。1980年末に産声を上げたIMCについては、米国ではすでに優れた研究書、啓蒙書、実務書が出版され、日本でもそのいくつかが翻訳されており、また日本人研究者によるIMC関連著作も出始めている。そして何より、IMCを専門とする企業、組織が活動している。こうした現状を見るかぎり、そのコンセプトや技法はある程度浸透しつつあると言ってもよいだろう。しかし、その研究・教育の最先端の場で起こっているのは、マーケティングの技法・戦術、あるいは戦略としてのIMCを超えて、ある種のパラダイム・シフトとしてそれを捉えようとする動きである。

 この連載では、IMCの根底に横たわるマーケティング思想に注目しながら、IMCの革新性を探ってみたい。

IMCの特徴

 アメリカ・マーケティング協会によれば、IMCとは「ある製品、サービス、あるいは組織の顧客や見込み顧客が受けるすべてのブランド・コンタクトが、その人にとって適切であり、時間的に一貫していることを保証するために設計された計画策定プロセス」である。そしてその目的は、顧客に焦点を当て、顧客との長期的な関係を構築することで競争優位を確保することにある。IMCはこの目的を達成するために、顧客とのブランド・コンタクトに向けて広告部門による広告、営業部門による人的販売、製品開発部門によるパッケージ、広報部門によるPRを統合したマーケティング・コミュニケーション・ミックス(integrated marketing communication mix)を展開する。

 よく知られているように、このIMCというコンセプトを提唱したのはノースウェスタン大学メディル・スクールのドン・シュルツ教授である。IMCのコンセプトはシュルツ教授とIMC学科を発展の中心に置きながら、全米、そして世界に広がっていった。

 IMC発展の要因としては、メディアの多様化とメディア・ミックスの重要性の高まり、広告効果の測定可能性の進展、情報データベース技術の向上、ワン・トゥー・ワン・マーケティングやリレーションシップ・マーケティングなどによる個別性、関係性重視のマーケティングの発展などが指摘されるが、その背景にはブランド戦略の重要性の向上がある。多様なブランドのメッセージに一貫性を持たせるには、それを伝えるコミュニケーション・メディアの統合が不可欠だからである。

 IMCの特徴は次のように整理することができる。

  1. 顧客の動機付けや願望への深い洞察という顧客視点が戦略的コミュニケーションの基礎となる。
  2. 顧客とのあらゆるブランド・コンタクトをマネジメントするための戦略的ブランド・コミュニケーションを中心課題とする。
  3. 顧客データベースを用いて顧客の購買行動を測定・評価し、ターゲット市場を識別する。
  4. 市場調査と統計分析を通じて消費者、市場、競合他社を理解する。
  5. 広告、プロモーション、PR、ダイレクト・マーケティング、eコマース・マーケティングなどのコミュニケーションを統合し、一貫したブランド・ポジショニングを構築する。
  6. 顧客だけでなく、従業員、投資家、流通業者、ビジネス・パートナー、ニュース・メディアといった様々なステークホルダーにわたるコミュニケーションを含む。
  7. マーケティング・コミュニケーションの効果を財務的に測定・評価する。

 このような特徴を持つIMCはこれまでのマーケティング・コミュニケーション、あるいはより広くマーケティングそのものと比べてどのような決定的相違があるのだろうか。IMCのアイデンティティにかかわるこの点については、必ずしも研究者間で統一的な見解に達しているわけではない。実際、IMCのアイデンティティをめぐる議論はその歴史とともに古く、IMCとは何か、IMCの構成概念、IMCの活動領域、IMC機能の分担と調整など、いくつかの重要な論点を浮かび上がらせてきた。ここではそのうち「IMCとは何か」という最も根源的な問題に焦点を当てて、話を進めることにしよう。

IMCのアイデンティティをめぐる問題

 図1は、これまで研究者が示してきた様々なIMCの定義に含まれるコンセプトや考え方をまとめたもので、ピラミッドの下方ほど研究者間で共有され、上方に行くほど合意がなされていないことを示している。

 こうして整理してみると、IMCという用語で理解しようとする内容は研究者によって多岐にわたることがわかる。図2に示すように、それはコミュニケーション技法としてのIMCに焦点を当てる定義から、マーケティングの戦略的ビジネス・プロセスとしてIMCを捉える定義まで広がりを持っている。

 例えば前者の定義では、IMCは「包括的計画に付加価値を認めるマーケティング・コミュニケーションの計画策定の概念であり、この包括的計画は様々なコミュニケーション分野の戦略的役割を評価し、これらを結びつけて明確さ、一貫性、そして最大のコミュニケーション・インパクトを提供する」とされる(Kitchen 1999)。一方、後者の定義では、IMCは「消費者、顧客、潜在顧客、その他ターゲットとなる内外の関連するオーディエンスとの調整された、測定可能で、説得的なブランド・コミュニケーション・プログラムを経時的に計画し、開発し、実行し、評価するために用いられる戦略的ビジネス・プロセスである」(Schultz & Kitchen 2000)。

 IMCのアイデンティティをめぐる議論は、こうした定義への批判と反論を軸に展開されてきた。すなわち、IMCをコミュニケーションのレベルで捉えようとする前者の見方に対しては、IMCがその活動の結果としてどのような効果をもたらしたかを測定する尺度が不明確であり、またその効果の測定自体も困難である、という疑問が投げかけられている。また、後者のようにIMCの定義がより戦略性を増せば増すほど、マーケティング・コミュニケーションをビジネスの中心に据えることになり、こうした理解に対しては、すべてのビジネス活動をマーケティングが主導しようとする「マーケティング帝国主義の一形態」という批判がなされる。

 さらに、そもそもIMCは本当に新しいコンセプトであるのか、というより基本的な問題も提起されている。例えば、顧客に焦点を当ててビジネス活動を行うという考え方は、従来の顧客志向とどこが違うのか、またマーケティング活動の測定・評価という視点は以前から存在していた、という指摘である。そうであれば、IMCは従来からマーケティングで言われ続けてきた内容をIMCという新しい袋に入れたにすぎない。このことは、IMCは実務界でよく見られるマネジメントの流行現象である、という批判にもつながる。

 こうした批判に対してIMCを擁護する研究者は、個々の批判に答えつつ、IMCの普及という現実に照らして、もはやIMCを抜きにしてマーケティングを実践することはできないし、そのこと自体がIMCの必要性と重要性を物語っている、と主張する。しかし、彼らもまたIMCのスムーズな導入と展開という点に関しては決して楽観的ではない。より今日的な課題を解決するためのマーケティング・アプローチとしてIMCが有効であるならば、なぜIMCを効果的に機能させることに困難が生じるのだろうか。

IMC論争が提起するもの

 いま一度、整理してみよう。IMCの一つの位置づけは、マーケティング・コミュニケーションという活動レベルにおける技法としてのものである。そこでは、広告、PR、セールス・プロモーション、人的販売、ダイレクト・マーケティング、eコマース・マーケティングなどの諸活動がマーケティング・コミュニケーション・ミックスという視点から統合される。もう一方のレベルには、そうしたマーケティング・コミュニケーションを軸としながら、顧客やより多様なステークホルダーとの関係をマネジメントする戦略的ビジネス・プロセスとしてのIMCがある。

 ここで注意して考えてみたいのは、マーケティングの革新性をIMCに認めるかどうかがIMCのアイデンティティをめぐる議論の方向性に決定的な役割を果たしているのではないか、という点である。すなわち、この議論が提起するものは、IMCをマーケティング・コミュニケーションの新しい技法として見なすか、より戦略的なビジネス・プロセスとして見なすかというレベルを超えて、現代の成熟社会における顧客・消費者行動をどのように捉えるか、その市場に有効にアプローチするためにはどのような姿勢で臨むべきかというマーケティングの革新性にかかわる問題である。

 IMCがパラダイム・シフトとさえ呼ばれるほどに革新的であるとすれば、それはIMCの顧客・市場の理解とアプローチにおけるマーケティングの革新性にあるといえる(図2参照)。革新は思考枠組み(=思想)の転換を必要とする。IMCの導入と普及はこのようなマーケティング思想の革新的転換を伴って初めて成功するといっても過言ではない。IMCの成否はその思想にまで踏み込んで理解できるかどうかにかかっている。IMCの技法を組織に導入し、IMCの定めるプロセスを踏んでも、思想を共有しない組織は決してIMCを成功させることはできない。IMCのフィルターを通して顧客や市場を解釈しなければならないし、コミュニケーションの統合はIMCのコンセプトの中で行われなければならない。そしてIMCの効果はIMCの尺度で測定しなければならない。IMCのマーケティング思想を正確に、深く理解し、かつ共有することができた組織のみが真のIMCの成果を享受することができるのである。

 次回は、そうしたマーケティング思想としてのIMCについて考察を進め、パラダイム・シフトの可能性を秘めたその革新性を検討していくことにしよう。

小樽商科大学ビジネススクール教授/
ノースウェスタン大学メディル・ジャーナリズム大学院
IMC学科客員教授 近藤 公彦

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