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米国におけるマーケティングの新潮流(2)

 前回は、IMC(integrated marketing communications)の特徴とそのアイデンティティを巡る論争を取り上げ、IMCがマーケティングの技法、戦術、戦略を超えて、思想としてのマーケティングにパラダイム・シフトを引き起こす可能性について触れた。今回はその具体的な局面をIMCの革新性の観点から考えてみたい。

IMCの取引モード

 マーケティングは売り手の市場行動の仕組みである。そこでまず、この仕組みを構成する取引相手、取引対象、取引方法、取引(競争)の場という4つの取引モードから伝統的なマーケティングと比較しながら、IMCを整理してみよう。(図1参照)

(1)取引相手
 取引相手とは、誰と取引するのかに関わる。伝統的なマーケティングでは、消費者や顧客(企業、組織)である。消費財の取引相手は消費者や流通業者であり、生産財の場合は企業や官公庁・団体である。一方、IMCでは単に経済的な取引相手だけでなく、ステークホルダー(利害関係者)というより広い関係ネットワークを含める。ここでステークホルダーとは、消費者・顧客、従業員、株主、チャネル・パートナー(サプライヤー、流通業者)などである。
 IMCがステークホルダーというより広い関係を考慮するのは、それがブランド・アイデンティティに直接、間接に関与するからである。すなわち、ブランド・アイデンティティの構築には消費者や顧客への垂直的なコミュニケーションだけでなく、売り手を取り巻く内外のステークホルダーとのコミュニケーションが同様に重要なのである。こうした多様なステークホルダーにわたって首尾一貫したブランド・アイデンティティを確立することが、IMCの中心的な役割である。

(2)取引対象
 取引対象とは、取引相手と何を交換するのかに関わる。従来、マーケティングで取引対象とされてきたのは製品・サービスである。売り手は提供する製品・サービスの機能を強調し、買い手はその機能を自身のニーズを満たすベネフィットの束として捉える。一方、IMCでは取引対象をブランド(製品ブランド、企業ブランド)に置き、顧客との円滑なブランド・コミュニケーションを図ることを目的とする。
 IMCがブランド・レベルの取引関係を扱うのは、機能・ベネフィットの束としての製品・サービスではなく、価値の総体としてのブランドに注目するからである。この価値の総体であるブランドはさらに、ビジネス活動におけるブランドの重要性が極めて高いことを反映し、法的資産、関係構築資産、そして金銭的資産としても特徴づけられる。IMCは、こうした売り手と買い手間の複合的なブランド関係の構築と維持に主導的な役割を果たす。

(3)取引方法
 取引方法とは、どのような流通チャネルを通じて製品・サービスを顧客に到達させるかに関連する。取引を完結するためのマーケティング・フロー(所有権フロー、物的フロー、情報フロー)のうち、これまでのマーケティングで最も重視されてきたのが所有権フローである。
 IMCでは、これに代わってコミュニケーション・チャネルとしての情報フローが中心的な位置を占める。なぜなら、顧客との円滑なブランド・コミュニケーションを図ることがIMCの課題であり、取引が成立し、所有権フローが発生するのは、このコミュニケーションの結果であると理解するからである。顧客が様々なメディアを通じてブランドに接する局面をブランド・コンタクトと呼ぶが、IMCではそのブランド・コンタクトに向けて価値としてのブランドをいかに効果的・効率的なコミュニケーションを通じて顧客に伝達するかという役割を担うのである。

(4)取引(競争)の場
 取引(競争)の場とは、何を目的に、どの範囲で競争が行われるかという市場成果と市場競争の領域を指す。伝統的なマーケティングは競合他社との競争に打ち勝ち、自社のシェアを獲得・向上させることを至上命題としてきた。これに対してIMCは市場シェアというマクロの指標ではなく、顧客シェアというミクロの指標に市場成果の重点を置く。
 市場シェアは、ある製品・サービスがその市場を構成する顧客のどれだけの割合に購入・使用されたかを考慮するのに対して、顧客シェアは、ある顧客の購入する特定の製品・サービスのうちどれだけを自社ブランドが占めるかによって測定される。市場シェアが市場内の顧客数の広がりを捉えるのに対して、顧客シェアは顧客内部のブランドの浸透度を問題にする。IMCは、顧客のブランド価値を経時的に高める優れたブランド・コミュニケーションによって顧客シェアを向上させることを成果目標とするのである。

IMCの革新性

 IMCへの関心がブランドの重要性の向上とともに高まってきたのは、偶然ではない。ブランドを通じた顧客関係の構築・維持を主導するのがIMCであるからである。この際、IMCは伝統的なマーケティングとは異なった視点で顧客関係を組み立てる。関係性の選別、長期的関係の構築・維持、および双方向的コミュニケーションがそれであり、ここにIMCの革新性がある。

(1)関係性の選別
 IMCは、ブランドを通じた顧客との密接な関係構築・維持を図る。ブランドの価値は顧客マインドの中で育成され、そこに根付いたブランドは、顧客のブランド・ロイヤルティを高めることによって他ブランドへのスイッチを防ぎ、売り手に安定的な収益を約束する。こうして強いブランド関係によって結び付けられた顧客は、売り手にとってかけがえのない資産となる。これがカスタマー・エクイティ(customer equity)の考え方である。
 ここで特徴的な点は、関係を構築・維持する顧客が選別されていることである。従来のマーケティングは、より多くの顧客に製品・サービスを購買・使用してもらい、市場シェアを高めることを目標としてきた。一方、IMCはより少数の優良顧客セグメントに向けて傾斜的にマーケティング投資を行うことによって、顧客シェアを高めようとする。この市場シェアから顧客シェアへという発想の転換は、顧客という考え方そのものの再考を迫る。もちろん、このことは新規顧客の開拓を軽視し、市場シェアの増加による事業の拡大を否定するものではない。そうではなく、既存顧客との関係維持と新規顧客との関係拡大を相対的に評価することの重要性を示唆するのである。

(2)長期的関係の構築・維持
 IMCにおけるブランドを通じた顧客関係の構築・維持は、長期的な時間軸を持つ。この際、IMCが重視するのが顧客生涯価値(CLV:customer lifetime value)という考え方である。顧客生涯価値は顧客との長期的な関係を構築することで期待される取引価値を指し、一般的には、「顧客が取引を始めてから終了するまでの期間(顧客ライフサイクル)を通じて、その顧客が企業やブランドにもたらす累計の正味損益額」と定義される。
 ここでのポイントは、顧客生涯価値が長期的な顧客関係を前提とし、顧客の将来にわたる経済価値に注目する点である。この視点に立てば、キャンペーンなどでよく見られる市場シェアの拡大を目指した短期的なマーケティング・プログラムも、それが顧客生涯価値につながるものでなければ、長期的には無駄な投資に終わることを常に意識しなければならない。つまり、顧客生涯価値は短期的なマーケティング投資と長期的なそれとを明確に区別し、長期の視点から短期を評価する必要性を提起するのである。長期的な取引関係を通じて顧客生涯価値を高めるためには、売り手がブランド価値を継続的に顧客に提供し続ける仕組みが必要である。その仕組みがIMCである。

(3)双方向的コミュニケーション
 伝統的なマーケティングでは、顧客を特定できる生産財の場合を除くと、売り手は消費者の情報を持たない。売り手と買い手との間に情報のフィードバック・ループが欠如しているからである。このため、売り手は何が売れたかは分かるが誰に売れたかは分からない。訴求すべき市場セグメントを識別し、アプローチする際にも、かなりの誤差が生じるのが一般的である。
 一方、IMCには情報のフィードバック・ループが組み込まれている。これによってIMCは顧客とのコミュニケーションを双方向化し、顧客データベースを蓄積する。そしてこの顧客データベースに基づいて市場をセグメント化し、最も有望な顧客セグメントを識別し、それに向けてブランド・コミュニケーションを図るのである。その成果はフィードバック・ループを通じて売り手にもたらされ、顧客データベースを充実させる。こうしたコミュニケーションの双方向性は、事前予測に基づく伝統的なアクションから、事後結果の迅速なフィードバックによるアクションへと、マーケティングを大きく転換させる。

IMCとパラダイム・シフト

 以上見てきたIMCの革新性は、どのようにマーケティング・パラダイムをシフトさせるのだろうか。この連載の締めくくりとして、この問題を改めて考えてみよう。
 パラダイム・シフトは、これまでの伝統的なマーケティングで当然視されてきた前提が崩れることによって生じる。それはマーケティングの操作対象となる無名の顧客が存在する市場から、売り手とブランド価値を協創する有名の顧客が存在する市場という前提の転換である。伝統的なマーケティングは、顧客を識別できない無名性の原則の上に成り立っていた。これに対して、IMCに現れる顧客はデータベース上で識別可能な実体であり、それゆえ有名である。売り手と買い手が互いに誰であるかを知り、ブランド・コミュニケーションを通じて市場で向かい合うのがIMCの世界である。
 この市場はまた、マーケティングの操作対象として理解されてきた市場とは決定的に異なる。伝統的なマーケティングは、いわゆるマーケティング・マネジメント戦略のもと、顧客ニーズを満たす製品を開発し、適切な価格設定を行い、優れたプロモーションを実施し、妥当な流通チャネルを選択すれば、売り上げや市場シェアという成果が得られるという観点に立つ。ここでの顧客は、マーケティングによって一方的に変容させられる操作対象としての存在である。CRM、リレーションシップ・マーケティング、ワン・トゥ・ワン・マーケティング、データベース・マーケティングなどIMCと密接な関係にある他の今日的な経営、マーケティング手法もまた、操作対象として顧客・市場を捉えている点で、従来のマーケティングと本質的に変わらない。マーケティングは、顧客志向を標榜しながらも、市場管理のための企業行動なのである。
 一方、IMCは顧客や市場を操作可能な対象とはみなさない。なぜなら、IMCで取引されるのは製品・サービスではなく、ブランドだからである。ベネフィットの束、機能としての製品・サービスは売り手が作るが、ブランドは売り手が一方的に押し付けるのではなく、消費者とのコミュニケーションを通じてそのマインドの中に作り上げられるものである。それゆえ、IMCは売り手と買い手をブランド・コミュニケーションによって結び付け、両者がブランド価値を協創する新たなマーケティングの仕組みなのである。
 IMCがマーケティングのパラダイム・シフトを引き起こす可能性は、「顧客はブランド価値を協創するパートナーである」という思想の革新性にある。このIMCのマーケティング思想を受け入れ、それを実践した組織のみが、IMCの本当の果実を享受することができるのである。

小樽商科大学ビジネススクール教授/
ノースウェスタン大学メディル・ジャーナリズム大学院
IMC学科客員教授 近藤 公彦

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