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広告手帖

「類推」がつなぐ消費行動/京都大学 経済研究所 研究員 古川雅一氏 「類推」がつなぐ
消費行動

行動経済学から「広」く「告」げることについて、考えてみる。

「行動経済学」という言葉をご存じだろうか。2002年にアメリカのダニエル・カーネマン プリンストン大学教授がノーベル経済学賞を受賞して一躍有名になったこの学問は、既存の経済学と異なり、人間を行動に矛盾があったり、物事を見るときに何かしらのバイアスをもつ非合理な存在と規定し、人間の行動について研究している。
この、矛盾やバイアスを持つ人間にとって、インターネットの普及により情報量が爆発的に増加したといえる現在の状況において、広告の1つの役割である情報を「広く告げる」ということはどういう意味を持つのだろうか。
今回、行動経済学の観点から、京都大学経済研究所の古川雅一博士に伺った。

人間は非合理的な存在

― まず、行動経済学からみると、人間はどういう存在だと認識されるのですか?


京都大学 経済研究所 古川雅一氏

古川 経済学では、人間を経済的利益を追求する「合理的な存在」として認識しています。しかし、行動経済学では「人間は非合理的な存在」という認識があります。つまり、人間は、自分の経済的利益の追求という視点からだけで行動しているとは必ずしもいえない、ということです。

なぜ非合理的な存在なのかについて、買い物を例に考えてみましょう。もし仮に人間が合理的な存在であれば、買い物をするときに、購入対象となる商品のあらゆる情報を収集し、経済的利益が最大化されるような決定を下します。しかし、そのようなことは現実には不可能なことが多い。商品の機能や評判といったあらゆる情報を収集し、類似商品のすべてと比較して決定することなどは、時間の制約などもあり困難といえます。だから私たちは、限られた範囲の情報源をもとに過去の経験なども考慮して決定を下さざるを得ません。それゆえに、決定の際には感情によって引き起こされる何かしらのバイアスが生じてしまうのです。

行動経済学と「広く告げる」ことの関係

― 広告は、メディアを通じて、情報を「広」く「告」げるという側面があります。「非合理的な存在」である人間の行動に、「広く世間全般に告げていると思われるメディア-たとえばマスメディア」はどのような影響を及ぼすのでしょうか。

古川 行動経済学で「横並び行動」とよんでいる現象があります。これは、人間が「世の中」や「他人」の行動を意識し、自分の行動や物事の見方をそれに合わせてしまう、というものです。「世間の考え」に従って判断すれば間違いないと思ってしまう、人間の特性といえます。

たとえば商品選びの際も、周囲と異なる判断をするときには不安になることがあるでしょう。逆に、「周囲はその商品を高く評価している」「みんな買っている」となれば、その人自身も安心してその商品を買うことができます。同じようなことは商品以外、たとえば考え方についても当てはまります。「世間ではこのように考えている」となれば、自分自身はもともと別の考えを持っていたとしても、つい世間の考え方に合わせてしまうのです。それによって安心感を得るわけのです。

マスメディアは「広く世間に発信している」という点で、人間の判断や行動に強く影響します。単に、多くの人に情報が伝わる、という意味だけではありません。人間に、「世間ではこのように考えられている」と思い込ませる力があるのです。世論調査のような報告書でも読まない限り、個々の人間が自分で世間全体の考え方を把握するのは難しい。だから、多くの人は、マスメディアから発信されている情報が「みんなの意見」だと思ってしまうのです。そして、それに基づき行動するということになってしまうのです。

― 人間はどうしても「バイアスを持っている」ということを前提に、コミュニケーションも考える必要性がありそうですね。

古川 メディアからの情報も、人間は最初からバイアスを持って受け取ることがよくあります。「ここからの情報は非常に有益だ」と思い込んでいるメディアからの情報と、「ここからの情報は疑わしい」と思い込んでいるメディアからの情報とでは、それが人間の判断や行動に与える影響の大きさには違いがあるのです。ですから、情報の伝達性という点でも「偏り」が生じてしまいます。

「偏り」がもたらす影響は個別の商品を売るときにもあるでしょう。例えば、いい商品にもかかわらず、また、多大な宣伝をしているにもかかわらず、売れないと言うことがあります。そういう場合は、もしかしたら消費者側が、商品に関する情報のソースや商品を製造するメーカーなどに何かしらのバイアスがかった見方をしている可能性もあるでしょう。

行動経済学から考えるマーケティング

― 人間の持つバイアスはマーケティングにも活かせると思うのですが。

古川 確かにそうですが、リスクももちろんあります。「世間からの評判が悪い」と認識されてしまうと、一気に評判は落ちてしまう。ある意味諸刃の剣だと言えます。

行動経済学をマーケティングに活かすという点では、商品を見るときの新たな評価軸、新たな視点を顧客に与えるという方法があります。たとえば、筆記具を選ぶ際には書き味しか考慮したことがなかったという人に、デザインという新たな評価軸を与えるといった手法です。人間は自分自身にはなかった視点で物事を評価している人の存在を知ると、評価軸が変わるというか、従来と同じような視点では物事を見なくなることもあるのです。
このように、広告などには「この商品にはこのような着目点もあるのだ」と新たな視点を提供する役割もあり、有効な手段になり得ると思います。

― バイアスの話など、行動経済学が定義する人間の話は、言われてみると確かにそうだなと自分も実感します。

古川 行動経済学でとりあげられる人間のバイアスには、「得する話よりも損する話の方が許容できる金額が半分以下」というものや、「自分が良いと思ったものについてのネガティブ情報にはあまり影響されない」というものもあります。ですから、広告情報を発信する側の人は、人間の持つこのようなバイアスのメリット、デメリットの両方を考慮することが大切です。私たちがすべてのバイアスを排除して生きていくというのは現実的には非常に難しい。だから、バイアスの排除に固執せず、バイアスとうまく付き合っていくことが大切ではないでしょうか。

(聞き手 東京本社クロスメディア管理本部企画部 那須謙介)

京都大学 経済研究所 研究員 古川雅一氏 プロフィール
1967年、奈良県生まれ。
京都大学大学院 経済学研究科 博士後期課程修了。
博士(経済学)。専門は行動経済学、経済心理学、医療経済学、実験経済学。
古川先生のホームページはこちら
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京都大学経済研究所にて、人間の意思決定や経済・消費行動に関する研究、経済と医療の両視点から、健康管理と家計に関する研究等を行っている。また、テレビ、ラジオ、講演などを通じて学術研究を解説し、社会への還元を目指す。

主な著書
「ねじれ脳の行動経済学」 (日本経済新聞出版社)
「わかっちゃいるけど、痩せられない ~メタボの行動経済学~」(NHK出版)

[ 9月15日掲載 ]

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