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広告手帖

コトバまでの距離。/上田浩和 コーヒー&コピー

コトバまでは近そうで、意外と遠い。
山本高史氏は独立する際、
事務所は汐留の電通から近いほうが便利だと思ったのか、
コトバを西新橋に構えました。
コトバとは山本高史氏の会社名です。
山本高史氏とは元電通の有名コピーライターで、
オリンパスの企業広告の「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」とか書いた人です。
ぼくのお師匠さんにあたります。髪が長いです。髭も濃いです。胸毛もあります。セクシーです。
だいぶ前に「これ持っとくとコピーがうまくなる」とその胸毛を一本渡された覚えがあるけど、あれどこ行ったんだろ。
しばらく本のしおりとして使っていたような。
でもいっこうにぼくのコピーがうまくならないところを見ると、なくしたのかもしれません。
ぼくは、打ち合わせのたびに行くから分かるのですが、
電通からコトバまでは近いように見せかけて意外と遠い。
約束の15分前に出ると決まって3分くらい遅刻します。
自分はいつも平気で遅刻するのに、ぼくが遅刻すると山本高史氏は怒るので、
走ってなんとか間に合わせなくてはいけません。
でも走るのは嫌なので20分前に出ると、遅刻はしないけど5分ほど早く着いてしまいます。
そのあたりがぼくにはよく分からないのです。
15分前に出たら3分遅刻して、20分前に出たら5分早く着く。
電通とコトバの位置関係には首をひねるばかりです。

電通を出て新橋駅の烏森口を越えたすぐのあたりに宝くじ売り場があり、
その8つくらいある窓口では、いつも熟女な店員たちが忙しそうにしています。
ぼくは想像します。
客足が途絶えたタイミングを見計らって、彼女たちがいっせいに空を見上げる様子を。
彼女たちは、時間の流れを目で追っているのです。
宝くじを売りさばくうちになぜだか時間が見えるようになったと、彼女たちは言います。
両目のつけまつ毛はただの飾りではありません。
タイミングさえ合えば、彼女たちは、その硬いつけまつ毛の先端を、
時間のくぼみに引っかけることができるのだそうです。
引っかけられた方の時間はおっとっととなり流れを妨げられ、
よろめいている間だけ、彼女たちの周りの時間は止まります。
彼女たちが空を見上げるのは、老化に抗うための儀式みたいなものなのです。
一方、宝くじ売り場の隣にある洋服の青山では、店員たちがまいにちシャツをたたむフリをしながら、
乱された時間の折り目を正そうとしています。
そんな宝くじ売り場と洋服の青山の間で起こっている新橋時間戦争のあおりをくって、
ぼくはいつもコトバに遅刻したり、早めに着いたりしているのかもしれません。

ようやくたどり着いたコトバの扉を開けると、
山本高史氏のデスクと打ち合わせスペースを隔てるパーテーションの上から本人がひょこっと顔を出します。
そういうときは怒っていないということです。間に合ったのサインです。
遅刻して怒らせたときは、しばらく姿を現しません。
たっぷり間をおいたあとのっそり出てきたかと思えば、
そのままのっそり打ち合わせの席に着き、見えない怒りの壁を目の前に張り巡らせます。
ぼくは、その壁をなかなか越えられません。壊すこともできません。
けっこう高くてだいぶ頑丈なのです。
山本高史氏は、有能なコピーライターであると同時に、
有能な建築家でもあります。
壁の向こうで山本高史氏は、おもむろに雑誌をめくりはじめ、ぼく以外の人と雑談し、
ぼくがそこにいないかのように振舞います。
そんな緊張した空気に触れるたびに、
ぼくはいつも20分前に出ればよかったなあと思うのですがあとの祭りです。わっしょい。
わっしょいで、ぼくは思い出します。
ぼくの地元熊本で、毎年8月中旬になると開催される「火の国まつり」のことを。
ハッピを着た団体が踊りながら街を練り歩く熊本の夏の風物詩みたいなそのお祭りに、
ぼくも子供の頃参加していたのですが、恥ずかしさが勝りあまり踊ることができませんでした。
華やかなムードのなかで、ひとりでもじもじとしていたものです。
でも、大人になった今、こうやって身動きとれなくなるくらいなら、
あの時、もっと必死に踊っておけばよかったなと後悔するのですが、
それもまたあとの祭りです。わっしょい。


PROFILE/上田浩和

電通クリエーティブ局勤務。
氏をつけると途端に発音しづらくなる山本高史氏の下で、悩める毎日を送る。
口癖は「熊本に帰ろうかな」。
トヨタカローラ、JR東日本、オリンパス、サントリー天然水、JCBなどを担当。
TCC新人賞、ACC賞、広告電通賞、日経広告賞優秀賞ほか受賞。



COFFEE OR TCC?

2011年度HALL OF FAME決定。
コピーライターの功労者を讃え、名誉殿堂入りメンバーを選考するTCC HALL OF FAME。
2011年度の顕彰者が決まりました。今年は清水啓一郎氏、鈴木康之氏、故・坂本進氏。
清水氏は、70~80年代「トマトは野菜か果物か」などのKAGOMEシリーズ広告や、TCC組織での精力的な活動。鈴木氏は、味わい深いボディコピーと、いまでも多くのコピーライターのバイブルとなっている「名作・コピー読本」などの著作。坂本氏は、80年代に西武百貨店などの超小型新聞広告を、読み物のレベルに高めた功績などが評価されました。
HALL OF FAMEについて、詳しくは、こちらへ。

[8月17日掲載 ]

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