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広告手帖

「文化のインフラ」としての新聞広告
コピーライター 照井晶博氏
Eyepoints

コピーライター 照井晶博氏

――博報堂からキャリアをスタートされたと伺いました。
 1993年に入社してクリエイティブの部署に配属されたのがきっかけです。その後、2004年に箭内道彦さんがクリエイティブエージェンシー「風とバラッド」を新たに立ち上げるときに誘われて、そちらに移りました。風とバラッドが11年の2月をもってバンドのように「解散」して以降は、完全に独立して一人で仕事をしています。

――メディアが多様化してきたことで、照井さんの仕事における新聞広告の位置づけは変化しましたか?
 まず新聞を使おうと考える広告主が以前より減ってきた気がします。寂しいことです。元々新聞広告から広告作りを始めた世代なので、新聞広告は今でも好きだし、思い入れはあるんですが・・・・・・。広告の講座でたまに教えることがあるのですが、受講しに来る20代、30代の人たちって、コピーライター志望であるにもかかわらず、新聞を取ってなかったりするんです。ヤフトピやLINEでニュースに接して、それですませている人が多い。ただ、ネットのニュースって、全部が全部そうではありませんが、ページビューを稼ぐために刺激的な見出しを付けて、読んでみるとそうでもなかったり、あまり知的でない記事もありますよね。「反知性主義」という言葉を最近よく目にしますが、新聞はそっちのほうへ行くのではなく、知的でありたいと思う人へのアプローチをもっと重視してもいいのではないかと思います。ネットニュースは速くていいのですが、速いってそんなにいいことかとも一方で思います。ある程度時間をかけないと、考えって深まらないですし。メディアが短絡的、刹那的な方向に行き過ぎるとしたらよくないと思います。ゆっくり考えるという知性の働かせ方を、最も大切にできるのが新聞ではないでしょうか。新聞は知性の砦。こういう媒体なら出稿したいと広告主が思うような紙面づくりを、新聞は大事にしてほしいと思います。

――自身の襟を正して、クオリティーを保つ姿勢に活路がある、と。
 日本経済新聞はそこに強みがありますよね。ちゃんとしている、あるいはちゃんとしようとしている人たちが読んでいる新聞というイメージがはっきりしていて、ビジネス分野での存在感もあります。財界のトップや若い起業家など、経済を動かしている人たちがもれなく読んでいる。そんな印象を持つ人は多いと思います。
 「メディアの多様化で何かが変わったか」という質問をよく受けますが、5年、10年で人間の中身ってそう大きく変わるかな?と思うんです。人間がその時々いろんな局面で思うことって、昔と今とでそんなに大きく変わるものでもないし、メディアが多様化することで心のありようも多様化するほど人間って単純なものではないように思います。だから僕は媒体や場所によって表現を変えることよりも、人が感じる普遍的な面白さを大事にしたいと思います。メディアが多様化したことで、表面的な仕事の仕方は変わったかもしれませんが、人間のありようと、それに対する広告表現が変わるかというと、大きくは変わらないというのが先の質問の答えでしょうか。

――新聞という媒体の課題や可能性について、具体的にはどのようなことが考えられますか。
 特に若い人たちが新聞を読まなくなっていることに対して、何の手も打たずに見過ごしたままでいいのだろうかと思います。「新聞くらい読まなきゃダメだよね」といったムードを広告の力で作っていくことはできないでしょうか。そんなキャンペーンを新聞各社合同でやるなどの試みもあっていいと思います。
 電車の中ではみんなうつむいてスマホをいじっていますね。中には世界中の情報にアクセスしてビジネスをうまく回しているような人もいるでしょう。しかし、ゲームをしていたり、たわいもないことをツイッターやフェイスブックに書き込んだりという人もいて、自分も全くやってないわけではないので偉そうなことは言えませんが、みんなそればっかりではやっぱりよろしくないなとも思います。どこの国だったでしょうか、海外の書店が、電車の中で本を読んでいるイケメンの写真を並べて、人が本を読んでいる姿ってカッコいいというキャンペーンをやったらしいんです。スマホをいじっているのも楽しいけど、本を読むことだってカッコいいよ、ということだと思うのですが、新聞も若者に対して、「新聞を読むことも悪くないよ。新聞くらい読んでおいたほうがいいんじゃないかな」と、あまりお説教っぽくなく伝えていってもいいのではないでしょうか。
 知的で向上心がある人たちや、ビジネスで成果を出したいと思っている人たちにとって、新聞はプラスになることは間違いない媒体だと思います。電子版の展開も必要な取り組みだとは思いますが、やはり、記事と広告が共存する大きな「画面」で世の中全体のことを見渡せるような紙の新聞ならではの良さを、新聞を手に取らない人たち、ネットを見ていれば十分だと思っている人たちに対してもっと訴えていってもいい時期ではないでしょうか。新聞広告に思い入れのある制作者はたくさんいます。そういう人の力を結集してキャンペーンを展開するのも面白いと思いますし、そういう仕事はぜひやってみたいです。

――新聞広告に関してはいかがでしょうか。
 広告って、格好よく言うと「文化のインフラ」みたいなところがあって、世の中の共通認識が形成されていく上で、広告も結構大きな力になっていると思うんです。広告はモノを売るためだけのものではなく、コモンセンスを作る力があって、社会や人の意識に影響を与える、というか。そして、それを作るのにふさわしい場所が新聞だと僕は思います。例えば少し前のサントリーの烏龍茶の、中国をモチーフにした一連の広告は、泰然かつ悠然としていて、中国の雄大さと歴史を感じさせてくれました。あの広告は日本人の対中感情にもポジティブな影響があったと思います。価値観が異なる相手であっても、こういうところは同じだよね、こういうふうに見てみたらいいよねという大らかな目線や知性がそこにはあった気がするんです。
 朝、新聞をめくって、いい広告があるかないか。それは、大げさに言うと、その日の人の気分にも少なからず影響するんじゃないでしょうか。ゆっくりものを考えたり、大らかな目線の広告が少なくなったような気がするこの頃は、世知辛く殺伐として、他者に対して寛容ではなくなってきている風潮とどこかで関係しているように思います。ですから、広告主のみなさんも、世の中全体の問題と大きく捉えて、新聞にいい広告を出していただきたいですし、僕たち制作者もそうでなければなりません。新聞も、そんな良質な広告を受け入れるに足る媒体であってほしいですね。そういう意味では新聞もまた文化のインフラだと思います。

照井晶博(てるいあきひろ)氏
コピーライター。最近の主な仕事に、サントリーBOSS「このろくでもない、すばらしき世界。」、金麦<糖質70%オフ>「うまいか、おいしいか、どっちかです。」、日本スポーツ振興センターBIG「まさか!はありえる。」、ソフトバンク「つながりやすさNo.1」、NHK大河ドラマ軍師官兵衛「今だって、乱世だ。」など。

[ 9月1日掲載 ]

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