日本経済新聞社は有識者を招いて森林と企業の共創を考える「森林、木材の利活用で実現する脱炭素社会2023」をスタートさせた。7月18日に都内で第1回会合を開催、ステークホルダー拡大を急ぎ、具体策や事例を研究、実践を進めていくことで一致した。
様々な視点から課題と解決策が議論された
冒頭、モデレーターを務めるモリアゲの長野麻子氏は日本の森林の現状について「戦後に植えられた木々が利用期を迎えているにもかかわらず、近年の再造林率は3割にとどまる」と指摘。「切って、使って、植えるというサイクルを定着させ、森林を持続的に利活用していくには、企業の力が不可欠だ」と議論を提起し、出席者が自分の専門分野の事例や課題を発表した。
木材利用の川上、川中に携わる業界関係者は足元の苦境を訴えた。速水林業の速水亨氏は「国産材の製品価格はある程度は維持されているが、森林所有者への還元率は現在2%にまで低下し、世界的にみても低水準」にあると強調。中国木材の堀川智子氏は①スギなどの国産材の利用メリットが周知しきれていない②中小企業が多く、規格の統一が進まず需要に応えきれないーなどの問題点を列挙した。
信州大学の加藤正人氏は現状改善に向けた取り組みを紹介。「合理化へIT(情報技術)や人工知能(AI)など民間の新技術の導入を試みているが、森林データの整備・利用がなかなか進まないことが隘路(あいろ)になっている」と分析し「林業のスマート化を目指すには、森林を国の共有財産と考え、国有、私有の垣根を超えた情報の見える化、オープン化の実現が不可欠」だと唱えた。三井住友信託銀行の風間篤氏も、森林ファンドなどを手掛ける立場から、森林データの整備・オープン化が必要だと主張した。
川下に当たる建設業界からは、清水建設の八塩彰氏が「耐震性や耐火性の基準をクリアした中高層の木質建築が技術的には可能になっている」と技術面の進歩を説明。「中高層の木質建築を建てようという気運を盛り上げる仕組みづくり」を提唱した。
新たな可能性を感じさせる事例として、ソマノベースの奥川季花氏は新しい形態による観葉植物「MODRINAE(戻り苗)」の販売事業を紹介。購入者が苗木を2年間育て、後に同社が苗木を引き取り、山に植林する仕組みで、単に苗木を買うだけでなく「森を育てる体験」を1万2100円で売るというサービス業的発想に対して「我々も一般消費者とのタッチポイントをどう増やすかを考えたい」(more trees・水谷伸吉氏)、「従来の経営のやり方にとらわれず、森林ビジネスの在り方を変えていくことが求められる」(前出・風間氏)などの意見が出た。
一連の発言を通じ、有識者会合は森林経営への社会意識を高めるため、業種を超えてステークホルダー層を広げる必要があるという認識を共有。先行する好例をさらに集めて研究分析していく方向となった。次回は10月開催を予定している。
国際的に脱炭素への取り組みが進む中、森林の温室効果ガス吸収力の活用は大きな課題。産業界でも「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」や「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」への対応が求められるなど、森林の利活用が急務となっている。
土砂災害防止・土壌保全、水源の涵養(かんよう)、生態系の維持、レクリエーションなどの機能も持つ森林は、日本学術会議がその経済価値を年間70兆円以上と試算する。日本経済新聞社の特別シンポジウムでは森林を公共の財産として持続的に利活用する方策を考えていく。
モデレーター 長野 麻子 氏に聞く
目指せ「一社一山」
長野 麻子 氏
モリアゲ 代表
――農林水産省から転じて起業する中で感じた日本の森林の課題は。 長野 日本の森林を維持していくには、一般消費者や企業による国産材の利用を進めていくことが必要です。ただ、長年にわたり国産材が輸入材に押されてきたことで、サプライチェーンがうまくつながっていません。川上にあたる森林所有者や森林組合が森林を維持する資金や人材をどう確保するのか、川下で木を使う意識をどう高めていくのか。川上と川下をつなぎながら両輪で進めていく必要があります。
――具体策を急ぐべき分野は。 長野 産業界からの需要喚起でしょう。林業の現場や製材所、流通に関しては、中小企業が多い中、大規模化やスマート化をそれぞれの地域で懸命に進めているところです。需要サイドからは「この地域の木をこの製材所で切ってもらって使いたい」といった形で、この動きを強く引っ張ってもらいたいと思っています。
――有識者会議の目標は。 長野 国産材の積極使用のさらにその先として「一社一山」の精神で各社が森林経営に関わることを提唱したいと思います。あらゆる企業が多かれ少なかれ森林の恩恵を受けています。森林の循環サイクルは50年単位、100年単位と長く、持続的成長を目指す企業の理念と親和性が高い。企業が森林に関わり森と人、森と企業が共創するーそんな世界の実現を願っています。
基調発言
「木づかい」で企業と協働
小坂 善太郎 氏
林野庁 次長
森林の循環利用を促進するため、林野庁では様々な施策を展開している。その一例が森林由来のJ−クレジットの創出拡大だ。クレジットの認証にあたり、再造林などの取り組みが評価されるように制度を変更した。林業現場のスマート化など林業イノベーションをサポートするほか、川下では「木づかい」を求めるウッド・チェンジ運動も企業と共に実施している。
基調発言
従業員守り技術に信頼
速水 亨 氏
速水林業 代表
約1200㌶の森林を管理する林業者として、経営の持続性を担保するため、現場の徹底した合理化を実施している。同時に、移り変わるニーズへ柔軟に対応しながら販売努力を重ねてきた。これらが従業員の雇用や給与水準を担保してきた。従業員を守ることは技術の維持、ひいては地域から当社への信頼の維持につながる。森林の集約にはこの信頼が重要だ。
基調発言
脱・補助金依存 検討急げ
加藤 正人 氏
信州大学 農学部 特任教授
林業者や加工業者など川上・川中の自立を促進するには、新技術を積極的に導入すると同時に、他業界の人材の活用も進めたいところだ。優れた技術力、営業力を持った人が東京から地方に来て、林業の世界で活躍してもらえるような手立てを考えたい。それが地域への貢献・地域の発展につながる。補助金に依存しがちな業界の体質をどう変えるかも検討すべきだ。
基調発言
森林経営、全業種の課題に
水谷 伸吉 氏
more trees 事務局長
今後は脱炭素とネーチャーポジティブが企業にとって重要な経営課題となる。この2つを成し遂げられる舞台が森林だ。あらゆる業種の企業が森林に目を向けることになろう。我々は「都市と森をつなぐ」をテーマに、木製品のプロデュースや森林由来のJ−クレジットのマッチング事業に加え、森林経営が困難とされる山林の活用を企業の力を借りつつ進めている。
基調発言
起業家の新規参入に期待
奥川 季花 氏
ソマノベース 代表取締役
紀伊半島大水害での被災を機に森林に関心を持ち、20代で起業した。土砂災害での人的被害をゼロにすることを目標に、林業関係者と共に製品やサービスを開発、消費者や企業に提供し、そこで得た収益をもとに森林整備を進めている。林業界を巡る課題はあまりに多い。自分たち以外の新しい起業家の誕生や他業界の企業による新規参入を促していきたい。
基調発言
木材の循環調達を開始
八塩 彰 氏
清水建設 環境経営推進室 副室長
木造・木質建築物の需要は今後さらに拡大すると予想される。そこで、木材の循環調達を推進するため「シミズめぐりの森」プロジェクトを群馬県川場村にて開始した。村有地3㌶を借り受け、自社で利用する木材を産出するため森林を育成していく。作業にあたっては、協力会社の力を借りつつ建設業との融合による人材不足の解消も試みている。
基調発言
森林信託の枠組み開発
風間 篤 氏
三井住友信託銀行 フェロー役員 地域共創推進部 主管
当社は社会課題の解決と経済的価値の両立を目指す一環として、森林信託のスキームを開発した。岡山県西粟倉村で、森林の維持管理が困難になった所有者から森林を信託受託し、代わって施業を行っている。もちろん収益の見込みがある前提での受託だ。同村で「百年の森」構想により林業を巡るエコシステムが既に確立していたことも追い風となっている。
基調発言
林業のスマート化提案
太田 望洋 氏
アジア航測 森林ソリューション技術部 部長
航空写真や航空機からのレーザ計測などを基に、樹木一本一本の樹種、材積、位置のほか、樹冠の下に隠れている地形や路網の情報も把握することができる。さらにはそうした情報を活用するためのツールも開発、提供している。こうした森林情報は、従来型林業のスマート化に寄与するだけでなく、森林の空間利用や生物多様性の保全にも活用が可能だ。
基調発言
大規模化でコスト抑制
堀川 智子 氏
中国木材 代表取締役会長
国内の林業者や製材業者の規模は小さく、高性能の機械を生かしきれないため、伐採コストが高くつく。需要拡大は即、品不足や価格高騰を招く。当社は山林の取得に力を入れて大規模化を図り、安定供給を目指している。日向工場では、原木置き場を約10万平方㍍、天乾場を約12万平方㍍確保し、需給の波による価格の乱高下抑制と流通の簡素化を図っている。
脱炭素への取り組みの中で、森林の二酸化炭素(CO2)吸収力を生かしていくことは大きな課題となることを意識して、2022年度よりプロジェクトがスタート。森林由来の木材資源の利活用によってCO2の吸収・固定につなげていくことが社会の要請として求められており、森林の活用には多くの産業分野が関わっていることも重要な要素となる。
そのため、23年度は今回を含めて2回の有識者会議を開催、そこで深まった議論をもとに12月にシンポジウムを構成する計画。森林にビジネスとして関わりを持つことの意義を訴えることで注目度を上げ、関わる企業を増やすことを目指す。特にCO2排出枠のクレジット化など、市場メカニズムを取り入れる手段などステークホルダーを広げる議論を深めることで、脱炭素への取り組みについての情報発信を強化していく。