日本経済新聞社が有識者を招き、森林と企業の共創について考える「森林、木材の利活用で実現する脱炭素社会2023」。その第2回会合が、10月4日に東京都内にて開催された。今回、議題となったのは脱炭素と生態系保全を両立する取り組みだ。国内外の目標や企業の先進事例に関する議論から、企業が今、森林との「共創」を探る必要があることが浮かび上がった。
さらに一歩踏み込んだ議論が行われた
会議の冒頭、モデレーターのモリアゲ代表、長野麻子氏は「森林には陸域の生物種の8割が生息しており、豊かな森をつなぐ取り組みに企業が参加することでネイチャーポジティブが実現できる。森林、木材の利活用にあたっては、脱炭素という側面に加え、生物多様性の保全と再生という観点も忘れずに持ってほしい」と訴えた。
その背後にあるのが、生物多様性に関する国際的な取り組みの進行だ。2022年12月、カナダのモントリオールで開かれた国連生物多様性条約(CBD)第15回締約国会議(COP15)では、昆明・モントリオール生物多様性世界枠組み(GBF)が採択された。中でも注目されているのが、30年までに陸と海の30%を健全な生態系として保護するというサーティ・ バイ・サーティ(30 by 30)と呼ばれる目標だ。これを受け、経済界でも新たな規制や枠組みが生まれつつある。
今回、特別参加したレスポンスアビリティ代表取締役の足立直樹氏は、こうした生物多様性に関連する最新の動向について話をした。参加者らは林業関係者の置かれた厳しい状況、企業に求められる役割と生物多様性に関与する意義、 今後の課題などについて議論を交わした。2回にわたる会議の成果は、12月5日に開催される特別シンポジウムで発表される。
プレゼンテーション
復元・再生までを目標に
足立 直樹氏
レスポンスアビリティ
代表取締役/企業と生物多様性
イニシアティブ(JBIB)
理事・事務局長
CBD/COP15で採択された世界目標では、生態系の損失を止めるだけでなく、大幅に増加させることを目指している。特に30 by 30は、保護地区あるいは保全地域の割合を、2030年までに30%まで増やすという高い目標だ。日本の保護・保全地域は国土の約20%なので、これを1.5倍にしなくてはならない。こうした目標の達成が、現状の経済活動のままでは困難なことは明白だ。そこで必要とされているのが企業の力である。各企業は、環境への悪影響を回避・軽減する取り組みを行うのはもちろんのこと、生態系の復元や再生に寄与していく、すなわちネイチャーポジティブ(自然再興)への積極的な関与が求められるようになる。従来は、環境対策は社会や経済と折り合いのつく部分でCSR(企業の社会的責任)活動として対応すればよかったが、今後は「環境の中に社会も経済もある」と発想を転換し、ビジネスのあり方や消費者の生活スタイルそのものを変革していくことが求められるようになる。
国際的には、森林破壊に関わっている可能性がある原材料(森林リスクコモディティ)を避けるための規制がすでに生まれつつある。例えば、欧州連合(EU)では、企業に、大豆、牛肉、パーム油、木材、カカオ、コーヒーなどの対象原料と商品について、森林破壊のリスクを確認するデューデリジェンスを義務化する規則が採択された。違反した場合には罰金が科され、その額は欧州での売り上げの最低でも4%に相当する。
こうした厳しいルールを受けて、グローバル企業ではFSCなどの認証を受けた原材料を使う動きが加速している。すでに、グローバル企業の対応は着々と進んでおり、ネスレ社を例にとると、森林破壊に関わってない原材料への切り替えを2020年までにほぼ完了させた。残るはコーヒーとココアだが、これについても25年までには完了する予定だ。
今後は認証原料が不足し、高騰することも考えられる。林業、農業、漁業などでは、既存の国際認証制度に適合する生産方法への転換を積極的に進めるべきだ。また、農薬使用を減らすなどして土壌生態系を再生するリジェネラティブ農業(再生農業)も注目されており、林業分野でも研究を急ぎたいところだ。
日本企業が特に把握・理解しておきたいのが、金融のルールが激変しつつあることだ。「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」にならって構想された、「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」などはその一例といえる。これは、自然関連のリスクと機会が企業の事業や財務に与える影響について、統一的な開示の枠組みの構築を目指すものだが、情報開示はあくまでも最初の一歩にすぎない。情報開示するには、自らの企業活動を詳しく、サプライチェーンの先の先まで見直さなければならない。それには、現状の問題点を洗い出し、企業活動そのものを変革する行動が促される。それに伴い、機関投資家からの資金も、こうしたグリーンなビジネスにしか流れない仕組みが構築されるだろう。
今後、こうした金融に関する枠組みが次々に設けられ、 ESG(環境・社会・企業統治)を重視しない企業については、「投融資を引き揚げる(ダイベスメント)」「投資や融資は継続するが行動変革を求める」「保険の引き受けの条件を厳しくする」といった動きが増えていくだろう。国内の金融機関も企業も、この動きと無縁ではいられない。
世界の生物多様性を保全するための資金は、30年までに8240億㌦が不足するという試算もある。こうした多額な資金を、どのような手段で調達するかも課題となる。そのひとつの策は、既存の公的補助金の使い方を見直し、環境に有害な補助金を、自然の保全や再生に活用することだ。なかでも、農業や林業への補助金にはさまざまな可能性がある。
民間での生物多様性への取り組みを持続させるには、収入を生み出す仕組みが必要だ。CSR頼みにせず、ネイチャーポジティブに寄与する活動や企業に資金の流れを誘導する仕組みを作り上げていきたいところだ。今のところ、機能しているのはカーボンクレジットくらいだが、その規模はまだまだ小さい。炭素吸収以外の森林の持つ価値をいかにマネタイズしていくか。
産官学で協力して取り組んでいきたい。
これから企業に求められること
出典:SBTs for Nature
(Science-Based Targets for Nature)
新参加企業の紹介
天然水の森づくり
山田健氏
サントリーホールディングス
サステナビリティ経営推進本部
シニアアドバイザー
製品のほとんどを天然水でつくっている当社にとって、天然水を育む森林の保全はボランティア活動ではない。基幹事業への投資という位置付けだ。全国の工場の水源涵養(かんよう)エリア22カ所 、1万2000㌶を「サントリー天然水の森」として設定し、森林づくりを行っている。その大部分は国有林や自治体林などで、行政や森林所有者と最低30年の長期協定を結び、科学的整備を行っている。現在、国内工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を森で涵養しているが、水文学や森林生態学、土壌学といった多彩な分野の研究者の方々のお力を借りて、理想の森に一歩一歩近づけていく努力をしている。天然水の持続可能性を守るためには、生物多様性の保全や洪水・土砂災害に強い森林づくりが欠かせない。
森を守る
FSC®認証制度
急速に森林破壊が進む中、林産物が適切に管理された森林から責任をもって生産されたことを証明する認証制度の必要性が認識されるようになった。そこで、1994年に誕生したのが森林管理協議会(FSC)だ。
同団体が手掛けるFSC認証には、森林が環境、社会、経済の便益にかない、管理されていることを示すFM認証と、FM認証を受けた森林から産出された林産物や、社会・環境的にリスクの低い原材料だけが加工・流通の全過程で使用されていることを示すCoC認証の2種類がある。
日本では、2000年に速水林業が初めてFSCFM認証を取得。続いて01年にその材を使用する木工所と製材業者がCoC認証を取得した。21年に世界のFSC認証林面積は2億㌶を超え、CoC認証取得者の数は5万社を超えている。
ディスカッション
「再生」の発想と実践に期待
長野 麻子 氏
モリアゲ 代表
【モデレーター】
速水 亨氏
速水林業
代表
小坂 善太郎氏
林野庁
次長
加藤 正人氏
信州大学
農学部 特任教授
水谷 伸吉氏
more trees
事務局長
八塩 彰氏
清水建設
環境経営推進室
副室長
太田 望洋氏
アジア航測
森林ソリューション
技術部 部長
風間 篤氏
三井住友信託銀行
フェロー役員
地域共創推進部 主管
堀川 智子氏
中国木材
代表取締役会長
足立 直樹氏
山田 健氏
長野 森林は、ネイチャーポジティブの主要舞台として期待されている。この動きを、森林づくりの現場、そして森林の産物を利用する企業はどう捉えているのか。
堀川 樹木は一定の年月を経ると、二酸化炭素(CO2)の吸収が減ってしまう。例えば、スギは60年生の木の吸収量は20年生のものと比べて3分の1にとどまる。ある程度育った木は伐採して木造建築などに活用し、伐採後、再植林することが、脱炭素という意味でも環境保全という意味でも不可欠だ。
留意したいのは、再植林とその後の育林が、林業の近代化の遅れもあり膨大なコストと手間がかかることだ。ところが、我が国の林業では、山林所有者にほとんど利益が残らないという問題がある。そのため、再植林が進まない。少し前の当社調査では、民有林の再植林率は、全国平均で30%程度、比較的林業が盛んと言われる九州の各県でも40~75%であり、低い水準にとどまっている。
山林の所有者に利益を還元する仕組みづくりが必要だ。また、育林のコストや手間を軽減するノウハウの開発や共有も必要だろう。
速水 当社では、針葉樹林内に広葉樹を誘導育成し、必要以上の下刈りを避けることで、植生の多様性の確保と維持コストの低減を両立している。その結果、人工林でありながら、植物は243種と、明治神宮をしのぐ多様な森林を実現することができた。
生物多様性に富む森は、見た目が美しいだけではない。土砂流出を防止し、災害のリスクを低減する。そこで育つヒノキは節が少なく、比較的高価格で販売できる。森を構成するすべての命をいかに豊かにしていくか、その中でビジネスとして使う木材をどう効率よく生産していくか、研究が必要だ。
山田 おかげさまで、我々の活動もようやくお客様に認知され始めていて、「同じ水を買うなら環境に配慮したものを」と選んでくださる方が増えてきた。
良い天然水を求める中で判明してきたのは、水源涵養の森の育成と生物多様性ミッションはイコールであることだ。植物の根の形状や深さは植物種によってさまざまで、種類が多ければそれだけ地下にまんべんなく根が張り巡らされ、それが土砂の流出防止になる。また、そこに住みついたミミズなどの土壌動物や、根っこ自体の耕し効果、土壌微生物や菌根菌の働きによって、土はスポンジ状になり、雨水を地下に導く入り口になってくれる。
根の浅いヒノキだけが生えているような手入れ不足の林を、生物多様性のある森に変えていくには、自然に優しい作業道を作ることからスタートし、 長期にわたって手をかけていく必要がある。こうした整備のコストは、公的な補助金だけでは賄えないのが実情だ。
林業守る経済へ
八塩 人間活動と共存しながら森林の生物多様性の実現を目指す中で、木材の出口となる建築物、とりわけ木造中高層建築に大きな期待が寄せられている。今後、木造中高層建築物が社会に定着していくプロセスにおいて、従来型の経済優先の手法を取らないように進めていくことが大切だ。
ひとつのポイントとなるのが認証材の考え方だろう。木造中高層建築の建設においては、認証材を含め様々な形態での木材調達が想定される。その際企業は、生物多様性など認証において考慮されている環境配慮の仕組みを理解しながら、どういった材料を使うのか慎重に検討していく、そうした地道な積み重ねが必要になるだろう。
足立 日本は林業を市場原理に任せ過ぎたきらいがある。林業や山が高く評価される経済を考えなくてはならない。
長野 森林由来の生産の場、土砂災害の防止、水源涵養、レクリエーションの場としてなど、森林がもたらす生態系サービスは多様だ。これらを持続的に利用するため、森林の維持コストを森林所有者だけでなく、生態系サービスの受益者も負担する仕組みがある。その一つが「生態系サービスへの支払い(PES)」だ。その先駆的な例となるのが、矢作川水源の森林を対象としたPESである。
1991年、伐採予定にあった矢作川の水源となる森を守るため、長野県下伊那郡根羽村は伐採権を営林署から買い取ることを計画した。その資金を確保するため、同村は矢作川の下流域にある愛知県安城市に呼びかけ、契約期間を30年間とする立木の買い取り等に関する分収育林契約を締結した。「安城市が村に、立木の買い取り代や地代として1億4500万円を支払う」「契約後30年間は立木を伐採しない」「森林の管理費用や将来的に伐採で得た利益は折半する」といった内容だ。
同契約は2021年に満了し、その後もこの取り組みを継承する「矢作川水源の森環境育林協定」を結んでいる。この協定では、流域住民への還元やSDGs(持続可能な開発目標)への貢献や啓発も盛り込んだ発展的な内容となっている。こうした受益者が広く負担する仕組みを推し進めたものが、森林環境税及び森林環境譲与税だろう。
税制・信託活用を
小坂 生物多様性の観点からは樹種や生育段階が異なる多様な森林が配備されていることが重要だ。全国森林計画においては、「全ての森林は多様な生物の生育生息の場として生物の多様性の保全に寄与している」とした上で、森林の求められる機能に応じた多様な森林づくりを進めることとしている。
森林環境税および森林環境譲与税は、地球温暖化防止や災害防止などの森林の機能の維持向上を図ることを目的に、所有者や境界が不明な森林の増加、森林を維持する担い手不足などの課題を解決し、森林整備などに必要な地方財源を安定的に確保する観点から導入された。この税を活用して森林の整備保全を適切に進めることは、生物多様性の保全にも寄与するものである。
また、企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)を活用した取り組みも出てきている。国が認定した自治体が行う地方創生の取り組みに対して、企業が寄付を行った場合に、寄付額の最大9割が軽減される。同制度を利用したネイチャーポジティブに向けた取り組みとしては、群馬県みなかみ町、三菱地所、日本自然保護協会の3社協定によるプロジェクトがあげられる。三菱地所はみなかみ町に環境・生物多様性保全活動への支援として、2023年から協定期間内に6億円の寄付を予定している。この資金をもとに、生物多様性が劣化した人工林を自然林へと転換する活動、里山の保全と再生活動などを行うという。
風間 当社は、すべての環境問題が生物多様性の問題につながると考えている。そうした理念を行動で示すべく、日本ナショナル・トラスト協会や日本生態系協会から専門的なアドバイスをもらい、社会貢献寄付信託、遺言信託、投資信託によるキャンペーンなど、さまざまな形で取り組んできた。
加えて、社会的インパクトをもたらすような環境への取り組みが必要だとして、公益信託や目的信託(受益者の定めのない信託)の研究を進めている。利益を委託者に返すのではなく「おいしい水を流域の皆が飲める」といった形で地域全体に還元することが可能なスキームだ。実現には各種制約があるが、自然保護を目的とした事業への活用可能性を感じている。
アカデミアの役割も
長野 ネイチャーポジティブに向けてのデューデリジェンス、新しい生態系サービスの展開などに際しては、森林の状況をデータ化することも必要になる。
太田 企業が関わる場合は、人との関わりで成立し、損なわれてきた生態系を修復することが主な場面になるだろう。そこでコストをにらみながら活動を実施するには、やはり現地の状況を把握し、データなどで見える化し、そのうえで目標を設定して実現可能な計画を立てていくことが必要になる。
現況把握については、どんな動植物があるのか、地形なども含めて調査しなくてはならない。航空レーザ計測など、効率のよい手段も取り入れながら進めたいところだ。
その結果をもとに、保全対象地に合った生物多様性とは何か、目標となる森林像を設定する。明るい広葉樹林を目指すのか、希少種を保護したいのか、あるいは親しみやすい種を増やしたいのか、など目標に合った対策を実施しながら、成果を計測して進捗を確認していく。やみくもにすべての種類の生き物の数を数えるのではない。こうした道筋を共に考えるプロデューサー的な存在も必要だ。
長野 プロデューサー的な役割という意味では、地域で森づくりをする団体やアカデミアの存在は重要だ。
水谷 非営利セクターとはいえ、企業や一般の消費者に森林に目を向け、関わり続けてもらうには、やはり経済的な視点も忘れるわけにはいかない。経済林として成り立つ林分の活用、そこからこぼれおちた奥山の保全など、ゾーニングしながら対策を考える必要がある。それと並行して、保護地域以外で生物多様性に資する地域(OECM)の登録制度のさらなる発展を期待しているところだ。
近年、脱炭素というキーワードが、木材や森林といった自然資本とは無縁の業種の企業にも目を向けてもらうきっかけになった。ネイチャーポジティブや生物多様性といったキーワードも、同様なインパクトをもたらすものと考えている。そして、森林こそが脱炭素とネイチャーポジティブの両方を網羅できる舞台としてさらなる注目を集めていくだろう。補助金頼みの保全活動から脱却するには、カーボンクレジット以外の、新たなクレジットなどの誕生も待たれるところだ。
加藤 従来、生物多様性と林業とはコンフリクトするというイメージが、林学を学んできた者にはあった。しかし、現在は、生物多様性に高い関心を持っている学生が多い。そうした学生が社会人となり、リジェネラティブな林業の実現など、新しい発想で国内の森林に貢献してくれたらと期待している。
生物多様性を尊重する新しいビジネスにつながるアイデアは、多分野との共創から生まれる。森林と生物多様性の情報を収集し、集積していくことも必要だ。海外にならって、情報を公開することも検討したい。大学はそうした起点になりうるものと考えている。
従来の環境保全活動は、経済システムになかなか組み込まれず、補助金やボランティアの善意に支えられているのが実情だった。しかし、COP15での歴史的合意やEUのルール改正に後押しされ、企業も自然に対して責任ある行動が求められる時代になった。
ネイチャーポジティブに企業が取り組む「一社一山」を実現するには、「なぜそこに投資するのか」理由付けが求められる。科学的知見の蓄積やデータ化、マネタイズを支援する仕組みづくりに産官学で取り組みたい。林業界にも異業種とのコラボに積極的に乗り出す姿勢が求められる。
ただ、森林には、短期的な成果を見いだしづらい部分がある。そこをいかに許容しながら森林と関わっていくか。里山で自然と共存してきた日本的発想で、新しい価値を生み出すことを模索したい。