日経 グリーンインフライニシアチブ
森林価値創造プロジェクト
第2回 有識者会議
日経グリーンインフライニシアチブ「森林価値創造プロジェクト」
第2回有識者会議が10月8日「木の日」に、都内で開催された。今回は、林業に企業の投資を呼び込み「自然資本産業」として新生させるための取り組みが議論された。(肩書は開催時)
開催にあたって
再造林で森林の継承を
長野 麻子氏
モリアゲ 代表

脱炭素を目指し、木材利用が推進されている。そのこと自体は喜ばしい。ただ、二酸化炭素(CO₂)の吸収・固定・排出削減効果を最大化するには、木を切った後に植える、主伐後の再造林が重要だ。ところが、この再造林が進んでいない。
約60年前には年間40万㌶弱あった造林面積が、現在では3万から4万㌶に激減している。林業の構造的な赤字体質、現場の担い手不足、獣害の拡大などが背景にある。これらを解消し、持続的な森林循環を取り戻すことが急務だ。
近年、木を使う立場の企業の間にも、再造林への協力が不可欠という理解が浸透してきた。企業が森づくりを支援する動きも広がりつつあり、自治体や木材資源の受益者が設立した森林再生基金への寄付はその一例だ。企業版ふるさと納税を通じて地域の森林の利活用や再生を支援する動きもある。
国民の森林への関心を高める取り組みも加速している。2025年6月には「地方創生2.0基本構想」が閣議決定された。農林水産省ではその実現に向けて、森林の価値を最大限生かす「森業」を推進する。先人が拡大造林で築いた森林資源をどう継承していくか。造林・育林ベンチャーの青葉組など、若い世代による取り組みに期待している。
主伐後の再造林を推進し、次世代に森林を継承するために、解決すべき課題は多い
講演
CSRからビジネスに
中井 照大郎氏
青葉組 代表取締役

クマの人身被害が深刻だ。各地で個体数が増加傾向にあると報告されているが、その根本原因は人の手が入らなくなった森の変質にある。明治期からの約150年で農林業者が92%も減少し、湿地や草地は激減。戦後植えられたスギなどの人工林は高齢化し、温暖化や管理放棄された薪炭林が伐採されることなく成長した。結果、ドングリなどの餌資源の供給量が増え、個体数が増加したため、近年の凶作に餌を求めて人里に下りるようになったのではないか。つまり、これは野生動物の問題ではなく自然への人の介入が減ったことによる「自然資本の劣化」の問題だ。
青葉組は植林・育林に特化した、林業界でも珍しい会社だ。放置山林や伐採跡地の引き取り、ドローンなどを活用した測量や植生調査で、植林だけでなく湿地の再生も行なう。天然林を目指す場所では遺伝的多様性を守るため苗木も一部自社で生産。植林でCO₂の吸収源を守り、谷筋には小さな湿地を造り、希少生物の生息地を確保。1年で10種類以上の絶滅危惧種が保全できた事例もある。植林後は下刈りや植生のモニタリングといった管理、木材を使ったプロダクトの製作も手掛ける。
こうした森づくりを仕事にする人は40年前には7.4万人いたが、現在では1.7万人。ここ20年で6割も減っている。理由は過酷な労働環境と低賃金だ。そこで当社では補助金を活用しながらも、カーボンクレジットやネーチャーポジティブ(自然再興)の権利販売で企業から収益を確保し、労働環境や給与水準を改善した。山林所有者の植林・育林にかかる負担をなくし山林収支改善にも貢献。最近では狩猟研修も始めた。
植林を単なる補助金事業ではなく、湿地や草地も含めた自然資本の再生で企業投資を呼び込む「自然資本産業」化できれば、クマ被害や豪雨による土砂災害、山火事の延焼範囲も減り、人と自然の理想的な関係を再構築できる。
企業の森林への関心は高く、日本でも森へ投資する企業が増加傾向にあるが、現状はCSR(企業の社会的責任)のための「支援」にとどまっており不十分だ。事業として「投資」する市場を創出するには、オーストラリアの自然再生法のように生物多様性保全の価値を資産として流通させる法整備が求められる。
パネルディスカッション
投資を呼べる林業目指す

長﨑屋 圭太氏
林野庁
国有林野部長

速水 亨氏
速水林業
代表

加藤 正人氏
信州大学
農学部 特任教授

水谷 伸吉氏
more trees
事務局長

水落 秀木氏
清水建設
設計本部 設計企画室
木質建築推進部 部長

中井 照大郎氏
青葉組 代表取締役
長野 麻子氏
長野 担い手不足の中、現場では森林の価値を高めるためにどういった取り組みを行っているのか。
速水 生物多様性を守ることはその一つだ。これはさほど難しいことではない。当社では、適切な間伐で森に日光を取り入れながら下草を適度に維持する、また間伐の際に鳥の巣を見つけたらその周囲は手を付けない、といった一手間をかけている。
生物多様性に富んだ森は土砂流出などが減り、育林コストはトータルで3分の1以下に下げられる。ただ残念ながら、ほとんどの林業事業者や現場の従事者はこうした生物多様性を守る意義や効果に興味すら持っていない。森林での生物多様性への取り組みを積極的に評価する仕組みを行政や産業界で考えていく必要があるだろう。
有識者協力し人づくり
加藤 スマート林業技術の開発を支援しているが、青葉組をはじめとして、ドローンやICT(情報通信技術)を使っての地形や植生の計測、作業が普及しつつあるのは頼もしい。自然資本の視点を持つ人材の育成には、苦労も伴うだろう。現地の自然に詳しい地元大学の研究者、自然観察員などの有識者にも協力を仰ぎ、現場の従事者が新たな知識を得る機会を設けることをおすすめしたい。
中井 人的なネットワーク形成は重要だ。湿地再生の際に自然愛好家から「湿地再生するならこの場所」「こんな動植物が増える」などの助言を得て、サシバなどの希少種を呼び寄せることに成功した。湿地や草地を再生する取り組みは、植林や下刈り作業と並行して実施するとコストが抑えられ、その成果も目に見えるので従業員のモチベーション向上にもつながる。
こうした地道な取り組みと並行して、企業を巻き込んでいきたい。
可視化と価値化進む
長野 企業と森林をつなぐために必要なことは何か。
水谷 あらゆる業界が自然の受益者だ。森林への関心を高め、投資を呼びかけたい。その際に必要となるのが効果の「可視化」と「価値化」だ。すでに「木を何本植えたか」「CO₂を何トン削減したか」といった指標があるが、それだけでは木材収入を補うには足りない。企業の投資を呼び込むには、環境に対する寄与を数値で「可視化」する必要がある。数値の改善が市場でプラスに評価されるといった「価値化」が進めば、企業のイメージアップにとどまらない事業としての投資を期待できる。
長野 木材を使う企業はどんな対応を取っているか。
水落 建築業では非住宅や中高層建築の構造体に木材を活用する動きが広がっている。10階建て程度のオフィスビルを木造と鉄骨造によるハイブリッド構造とした事例では、木造化によるCO₂削減量と固定量を合わせると、従来の鉄骨造のビルに比べて2割程度のCO₂削減効果が得られた。建設時の環境負荷の低減に貢献する。
ただし、木を植え、育て、建築材として利用するまでには多くの手間と時間がかかるため、木造化は建設コストが高くなる。木を使うことによる「人にやさしい環境づくり」や「ウェルビーイング」といった付加価値を伝えていくことが重要だ。「地元で育った木を使っている」ことも強い訴求ポイントとなる。
オーストラリアには「グリーンスター」という不動産の環境認証で木材利用も評価されており、投資や入居の判断に使われている。日本でもそうした指標が浸透すれば、木材を使うインセンティブになるだろう。
長﨑屋 現在の再造林が補助金なしでは成り立たないのは事実だ。立木価格が1立法㍍当たり3,000円、面積換算で1㌶当たり135万円では再造林コスト同㌶当たり300万円を賄えない。補助金で一部は補填されるが、立木価格が1立法㍍当たり5,700円程度なければ、森林所有者が再造林しようと思わない。
したがって、その差額2,700円をどう埋めるかが鍵となる。林業でも生物多様性の創出に取り組み、その価値を付加価値として評価し、企業投資を呼び込む仕組みを整えることが、自然資本を基盤とする新たな産業を育てる第一歩になるだろう。
林野庁も昨年、「森林の生物多様性を高めるための林業経営の指針」を策定した。この指針に基づき、生物多様性に配慮した森林経営計画を認定し、その認定を木材の流通過程でも活用できる仕組みづくりが進められている。
生物多様性保全の工夫
長野 造林をスムーズに進め、自然資本産業としていくためのアイデアはあるか。
水谷 従来は、手入れのしやすい場所かどうかで、生産林として針葉樹を植えるか、広葉樹を植えて自然に戻すかといったゾーニングが行われてきた。今後は、土地の利用履歴や地形なども踏まえ、湿地や草地として再生し、ランドスケープ(景観)をつくっていく視点が必要になる。
加藤 ランドスケープをデザインする際、ドローンによる地形計測に加え、公開されている地形データやAI(人工知能)の解析技術の活用も有効だ。
速水 生物多様性保全の観点から、森林・湿地・草地のバランスを含めたランドスケープを評価する動きは、国際的に始まっており、法制化している国もある。日本でも、そうした潮流を踏まえて、検討すべき時期に来ている。