担い手確保 日本の課題

世界的に脱炭素の流れが加速する中、注目を集めているのが森林に関連する取り組みだ。森林は、CO2の吸収などの地球環境保全機能だけでなく、生物多様性保全、快適環境形成、保健・レクリエーションなど多面的な機能を持つ。その森林をいかにサステナブルに利活用していくのか。世界と日本それぞれの現状について、国内外で植林活動を手掛けるmore treesの水谷伸吉・事務局長の解説を交えながら探ってみた。

世界は森林減止まらず
サステナブル・ラベル普及に期待

現在の世界平均気温は工業化前と比べて約1度上昇しており、この温暖化が人類の活動によって起きていることは疑う余地がない。温室効果ガスの排出量を大幅に削減しない限り、温暖化はさらに進む――。
これは国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が2021年8月の第6次評価報告書で発表したものだ。その内容に国際社会は衝撃を受けた。にもかかわらず、CO2の大幅削減は遅々として進まない。
「地球の大気をバスタブに例えた場合、ここに注がれる温室効果ガスは年間94億炭素トン。一方、それを森林や海洋が吸収して減らす量は43億炭素トン。現状は人類が排出した温室効果ガスの半分しか吸収できておらず、残りはバスタブにどんどん蓄積されていっている状態です」(水谷氏)

人為的排出量>森林の吸収能力
2秒間にサッカーコート1面分の森林が消失

地球の大気をバスタブに例えた場合

バスタブ(大気)中の温室効果ガスの増加を食い止めるには、第一に蛇口を絞る、つまり再生可能エネルギーの普及や省エネルギーを推進して温室効果ガスの人為的排出量を減らす必要がある。同時に、自然の吸収量も増やしていかなければならない。この両輪でカーボンニュートラルを目指すことが不可欠である。そして自然の吸収量を増やすには、森林面積を増やしていかなければならないが、容易なことではない。
「温暖化による森林火災被害の拡大や開発などにより、世界の森林は増えるどころか急減しています。そのスピードは2秒間あたりサッカー場1面分です」(水谷氏)

開発とは、農作物の栽培、畜産、レアメタルの採掘などのことである。人類の豊かで快適な暮らしに欠かせないコモディティーを生み出す営みが、森林減少の一因となっている。では、どのような対策が可能なのだろうか。
「暮らしを支えるコモディティーの生産が森林破壊の要因になりうる事実を知ること。そのうえで、製品開発に携わる企業や消費者が責任を持って、生産・流通・消費をサステナブルなものにしていかなければなりません」(水谷氏)

その実現の一助となるのがサステナブル・ラベルの普及だ。生産に際して、現地の生態系や文化、労働環境などを守るため一定基準を満たしていることを示す国際認証ラベルである。さまざまな種類があり、森林を守るためのサステナブル・ラベルもいくつか用意されている。パーム油採取のための無計画なアブラヤシ植林から熱帯雨林を守るRSPO認証ラベルもその一つである。
「企業は、このサステナブル・ラベルを活用することで、森林の保全に寄与します。消費者はサステナブル・ラベルの付いた商品を積極的に選ぶことで、その活動を応援するのです。生産者と消費者がラベルを通じて、同じ方向を向いていくことが大事です」(水谷氏)

サステナブル・ラベルへの意識高まる

サステナブル・ラベル

① FSC®(Forest Stewardship Council®)認証
② レインフォレスト・アライアンス認証
③ 持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)
④ 有機JAS
⑤ 国際フェアトレード認証ラベル
⑥ GOTS(オーガニックテキスタイル世界基準)
⑦ MSC「海のエコラベル」
⑧ ASC認証(責任ある養殖により生産された水産物)

国内、林業従事者3分の1に
「儲かる産業」へ改革急務

森林に関しては、わが国は世界とは別の問題を抱えている点にも留意が必要である。
「日本では、戦後すぐに全国で植林したスギやヒノキが順調に育ち、この半世紀の間、森林の蓄積量は着実に増加しています。森林減少という世界的なトレンドからは逆の動きを見せている、非常に珍しい国となっています」(水谷氏)

ただ、森林が増加しているからといって安心はできない。この人工林を維持していくには、木を伐採して活用し、その跡に植林するという循環が必要だ。ところが、現在の日本では、その担い手が不足している。
「ここ10年は低下に歯止めがかかっていますが、林業従事者の数は、ピーク時の3分の1程度まで減少しています」(水谷氏)

担い手を増やしていくには、林業を「儲かる産業」にしていくことが求められる。
「先人が植え、育ててきた資源をサステナブルに利活用していくために、消費者や企業、国がどう向き合っていくかが問われています。第一歩として目指すべきは、国産木材の利活用を増やすことです。木材自給率は2000年初期に18%ぐらいまで落ち、現在41%にまで回復しています。これをさらに50%に増やすことを、国は目指しています」(水谷氏)

加えて、IT(情報技術)の活用などによる林業のスマート化や、新たな収益手段の開発なども求められる。この収益化の手段として有力な候補となっているのがJ-クレジット制度の活用だ。森林のCO2吸収量をクレジット化し、カーボンオフセットを目指す企業などに販売するもので、地方自治体や森林を所有する企業などが取り組みを始めている。
「この制度が普及すれば、山林経営のモチベーション維持、脱炭素化、持続可能な森林の利活用につながるでしょう」(水谷氏)

好循環もたらすJ-クレジットの可能性

J-クレジット制度の流れ

若年層の林業従事者が増加傾向

若年層の林業従事者が増加傾向グラフ

コンテンツ協力

水谷伸吉

水谷 伸吉 氏一般社団法人more trees 
事務局長

水谷 伸吉 氏一般社団法人more trees 
事務局長

【略歴】
1978年東京生まれ。
慶応義塾大学経済学部を卒業後、2000年より㈱クボタで環境プラント部門に従事。
2003年よりインドネシアでの植林団体に移り、熱帯雨林の再生に取り組む。
2007年に坂本龍一氏の呼びかけによる森林保全団体「more trees」の立ち上げに伴い、活動に参画し事務局長に就任。日本各地での森林保全活動やフィリピン、インドネシアにおける熱帯雨林の再生活動のほか、国産材プロダクトや木育イベントのプロデュース、カーボン・オフセット、ツーリズムも手掛ける。

協賛

  • SUNTORY
  • 三井物産株式会社
  • AEON イオン環境財団
  • いのちをつなぐ SARAYA
  • アジア航測株式会社

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