グローバルベースでの森林保全を通じて
地球規模の課題解決に挑む
--- 国際NGOコンサベーションインターナショナルの今

国内外で森林保全に意欲的に取組む国際NGOコンサベーションインターナショナル(CI)。日本を拠点にテクニカル・ディレクターとしてグローバルに活動されている浦口あやさんに、森林の保護や管理に関する国内外の動き、CIが手掛ける実事例などについてお話を伺った。

浦口 あや 氏

一般社団法人コンサベーション・
インターナショナル・ジャパン
テクニカル・ディレクター

浦口あや氏

森林減少の抑制が気候変動緩和につながる

森林には様々な機能がある。
主なその一つが温暖化ガスの吸収・固定だ。森林が破壊されてしまうと、大気中に温暖化ガスを放出してしまうので、森林の保全および再生が温暖化の抑止につながる。
もう一つは生物多様性保全である。森林には多くの種が存在しており、単に希少な動植物を保護するためだけでなく、エコシステムを支える自然そのものが失われることを食い止めている。
世界と日本それぞれの森林保護や森林管理の現状について考えてみた。

スギやヒノキなどの人工林では、苗木を植えてから15~20年ほど経って木々が成長すると、林地が混み合い、隣り同士の立木で枝葉が重なるようになる。この状態ではそれ以上枝葉を広げることは難しくなり、お互いの成長を阻害してしまう。そのため過密となった立木を調整するのに間引く作業が必要で、それが「間伐」と呼ばれる。日本では、人工林や生産林の伐採のあと、植林によって見込めるCO2吸収量の増大だけでなく、こういった間伐など適切な森林管理を行うことによって生じるCO2吸収量についても、国が森林クレジットとして認証する制度がある。この制度では、森林クレジットを企業などに販売した収益を林業者が得て、それを更なる施業につなげていくというものである。
「海外でも、森林保全からの排出権を活用する動きがある。世界では急速な森林減少が続いており、そこから大量のCO2が放出されている。それを抑制することは、気候変動緩和や生物多様性保全に重要であり、これまでも民間企業からの寄付や公的機関からの支援による取り組みがなされてきたが、必要とされる資金が圧倒的に不足していた。排出権取引と結びついた気候変動緩和を目的とした資金は規模が大きく、森林保全の現場に適切につなげることで、大きな効果が生み出せる可能性がある」(浦口氏)

地球規模の課題となっている気候変動の要因としては、化石燃料由来の温暖化ガス排出が圧倒的に大きい。しかし、その抑制のための技術革新には時間がかかる。
森林減少に由来する温暖化ガス排出は、欧州全体からの排出量より多い。そして、技術革新は不要である。このため技術革新を待つことなく実行できる森林保全から創出される森林クレジットを、自助努力ではこれ以上の排出量を削減できない企業などがカーボン・オフセット(企業活動などで排出した温暖化ガスを相殺する仕組み)の手段として使うケースが多い。
ただし、ステークホルダーからの批判をかわすための企業による自己防衛手段のように受け止められることもある。願わくば、ありたい姿として企業が良き地球市民の一員として利害を超えて主体的に森林資源全般に保護のための資金を投入することで、地球レベルの排出量削減を進める動きが主流となってほしい。

排出権取引などの動きは活発化しているが

森林クレジットには、①今後期待される国連が主導して実施するクレジット、②二国間交渉で進められるクレジット制度(JCM(二国間クレジット制度)等)、③各国・地域政府が実施する制度(J-クレジット制度等)及び④民間セクター・NGO等が主導して実施するボランタリー・クレジット(VCS等)が挙げられる。
これらが活用される背景には、2020年10月に日本政府が、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指そうという宣言があるためだ。カーボンニュートラルに向けて森林保全からのクレジットを使うことに後ろ向きなNPOも存在するが、その実行には前述のように森林クレジット等を使わざるを得ない産業があり、海外でも排出権取引は活発化しつつある。

実際、パリ協定以降におけるJCMのボランタリースキーム活用についても議論が継続している。ここで論点となっているのは、森林が保護されるホスト国と支援国の間で、「自国が決定する貢献(NDC)」(自発的な温室効果ガス排出削減目標)をコミットするなかで、両国の間にて排出量の削減実績をダブルカウントしないように当事国で調整が必要な点だ。
こういった技術的課題に加えて、森林クレジットの対象となり得る森林資産への陣取り合戦になってしまわないか、という懸念も指摘されている。日本企業をはじめグローバル企業には、クレジットを通じたオフセットそのものに固執しなくても、排出量削減への貢献は定量化したいという意向も強い。特に、日本企業の排出量削減の努力を支援する日本政府のスタンスは根強いものがある。
「化石燃料からの排出ゼロに向けた努力は全力で進めるべきであるが、技術革新も必要なため時間がかかる。過渡期的な手段として森林クレジットによる資金を投入することで排出量削減を進めることは大きな意義がある」(浦口氏)

今般CIが日本企業とカンボジア政府との連携で実施している案件では、気候変動枠組条約の下で合意された、途上国の森林から温室効果ガスの排出を減らすための仕組みの一つを利用している。これは森林を保全・回復する途上国が先進国から資金を受け取ることができる制度である「REDD+(森林減少・劣化に由来する排出の削減並びに森林の炭素貯蓄量の保全、持続可能な森林経営、森林の炭素貯蓄量の増進(Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradationの略称))」をベースにしている。

現地NGOによる村人達への稲作に関するトレーニング風景

現地NGOによる村人達への稲作に関するトレーニング風景 ©SMP

豊かに実った稲穂

豊かに実った稲穂 ©Samol UM/SMP

カンボジアの森林保全活動に見るCIの取組み

CIでは現在、世界中の森林保全に奔走している。

森林保護を通じた排出権事業の難しさには「取引されるクレジット制度の枠組み適用のための時間と労力がかかり、粘り強い努力が求められる。そして、そもそも森林保全は単純ではない。森林が破壊される背景には、貧困問題や農業との競合などがある。世界的に森林由来の排出権への期待が急拡大するなか、地域の事情に合わせた、そこに暮らす人々の利益になる事業を丁寧につくっていく必要がある」(浦口氏)といった点がある。

最近CIが大手商社と実施しているカンボジア案件を紹介しよう。同国北東部のメコン川西岸に位置し、絶滅危惧種を含む多くの野生生物が生息するインドシナ半島最大級の熱帯低地常緑樹林で、同国の貴重な水源であるが、違法伐採や地域住民による農地開拓により森林減少が進んでいたPrey Lang(プレイロング)熱帯低地林(約42万ha)を対象にしている。
カンボジアは東南アジア諸国の中でも高い森林率(2006年時点で59%)を有する国の1つだが、森林減少率が高く(2002年から2006年にかけて国全体で約38万haの森林が減少)、森林保全事業が待たれていた。CIはカンボジア環境省と森林保全活動を実施、そこからの排出権に紐づけた資金で活動を継続していく計画だ。

「森林保全を通じた排出権事業は、『森林保全事業』の難しさと、『排出権事業』の難しさの二重の難しさがあるが、Prey Lang案件も、排出権取引までもう少しの段階まできている」(浦口氏)

< CIジャパン 現地プロジェクト一覧 >

【アジア太平洋】 ■インド「西ガーツ北部における環境教育プロジェクト」
■インドネシア「グリーンウォールプロジェクト」
■カンボジア「プレイロング森林保全プロジェクト」
■カンボジア「中央カルダモン森林保全プロジェクト」
■中国「南西部山岳地帯におけるアグロフォレストリープロジェクト」
■フィリピン「キリノ森林カーボンプロジェクト」
【アフリカ】 ■リベリア「東ニンパ自然保護区の保全事業」
■南アフリカ「地域社会の生活の質向上も目指す南アフリカ放牧地回復プロジェクト」
【中南米】 ■ブラジル「アマパー生物多様性コリドー森林保全プロジェクト」
■ブラジル「ブラジル・アマゾン森林再生プロジェクト」
■ブラジル「パラー州におけるアマゾン森林再生プロジェクト」
【国内】 ■里山再生を通じた地域・人・自然共創プロジェクト

(2022年12月現在)

排出削減の枠組みは、まだまだ歴史が浅く、排出削減量の定量化や手続きなどの課題を解決しながら事業を進めていく必要があったそうだ。そして、森林保全事業としての難しさは、具体的には、大きく以下の二つに集約される。

1.森林が破壊される原因は、その地域に生計手段の選択肢がほとんどなく、貧困状態にあり、人々が生きるために森林の農地転換といった違法な営みをせざるをえないことにある。森林破壊という行為を止めるだけでは解決にはならず、森林破壊をしないで暮らせる状況を作っていく必要がある。

2.広大な対象地を管理するためには技術と資金が必要であるが、後発途上国のカンボジアでは、それらが圧倒的に不足していた。

前者については、森林域の居住者の生活を変えていくために信頼を得る必要があるが、外部からの支援に対して不信感をもっているコミュニティも多くある。それを払拭したいが、すぐに支援効果が見えない。大規模に展開するには大きな資金も必要だ。「地域の状況、外部環境、費やせる資金といった要素に基づき、例えば、農業技術支援やマーケティング支援などをしていく。コミュニティの信頼を得ながら、途切れることなく、時間をかけて、地域住民と一緒に進み続ける必要がある。地元組織を育ていくことが大事だ」(浦口氏)

後者では効率的な組織としての能力の構築も課題となった。というのも途上国における多くの森林は国有地であるため、不法伐採を取り締まるのも現地政府の役目となり、政府との連携は必須だ。途上国では人的かつ資金的なリソースが絶対的に不足しているケースが多く、「事業開始時点では、現地で取り締まりに当たるレンジャーさんの数は極めて限られ、必要なトレーニングもほとんど受けておらず、バイク等のパトロールに必要な道具も不足していた。事業でそれらを支援している。また、広大な地域の管理を効率的に実施するためのリモートセンシング技術の導入も支援している」(浦口氏)

そして、3点目。
昨今、持続可能性という言葉は、世間に喧伝してひとり歩きしているように見えるが、途上国の現実では重い課題を我々に突き付けている。
「こうした課題を何とか乗り越えてきたカンボジア案件は個別企業との共同案件であったが、欧米では近年いくつかの企業がコンソーシアムを組む案件や、ファンド型が多くなってきている」(浦口氏)
たとえば自然資本インパクト投資専門の運用会社であるアカリア・ナチュラル・キャピタル(Akaria Natural Capital)などがあるが、日本企業はコンソーシアム型やファンド型に参加することにあまり積極的ではない。どんな課題解決の型であれ、今後、我々は先進国の目線だけでなく途上国の現実も織り込んだ、人類全員にとっての持続可能性とは何かということにどう答えるか、遅かれ早かれ考えなければならないときが来るのではないか。

地球規模のさらなるグローバルな舞台へと

「日本において、国内の課題への取り組みはもちろん重要であるが、グローバル経済で地球上がつながるなか、森林保護に限らず、どこに一番の地球環境の課題があるかを考えると、国内だけを見ているわけにはいかない。企業は、グローバルな舞台に入っていかざるを得ないだろう。」(浦口氏)

CIが関わっている
ファンド型・コンソーシアム型支援
クリティカル・エコシステム・パートナーシップ基金(CEPF) 生物多様性ホットスポットの保全を直接的に支援する国際基金の運営 日本政府、世界銀行、地球環境ファシリティ、フランス開発庁、欧州 連合とともに共同出資し、事務局を務めるCEPFは、20年以上にわたり、生物多様性ホットスポットの保全活動を支援しています。 これまで1,570万ヘクタールの地域が新たに保護され、16万人以上が環境トレーニングを受け、 570の新たな保全ネットワークが構築されました。
持続可能な生産と消費へのアプローチ ⼤規模なスケールで展開する持続可能性への挑戦 持続可能な社会構築は、 皆で共に取り組む必要があるため、業界全体を巻き込む働きかけを続けています。 スターバックスコーヒーと共同で立ち上げた「サステナブル・コーヒー・チャレンジ」や、ケリングとともに創設した「自然再生基金」 などにより、倫理的な原材料調達へ向けた取り組みを支援しています。
サスティナブル・コーヒー・チャレンジ

欧米企業では、自社のサプライチェーンからの排出量を抑制するだけでなく、グローバル企業のノブレス・オブリージュ(noblesse oblige)として、グローバルベースでの、地球環境課題への社会的な地位の責任を担っていこうとするのが主流になりつつある。しかしながらそういった流れのなかにおいても、一本の木を伐ることが森林破壊というわけでなく、人やその暮らしとのバランスの取れた共存にあるということを忘れることはできない。
「たとえば、コーヒーの生産から調達まですべてを持続可能な形にするため、生産者、小売業者、輸入者、焙煎業者、学術機関、投資家など、コーヒーに関する様々なステークホルダーを巻き込んだイニシアチブ“サスティナブル・コーヒー・チャレンジ”がある。これはコーヒーをこれからも持続的に楽しむことができるよう、森林保全と経済活動の両立を図る取り組みであり、農業起源での森林喪失や減少を伴わない農産物の購買を推奨する動きにもつながっていく一例といえる」(浦口氏)

我々はグローバルベースで貧困や格差といった課題を避けて通ることはできない。他に糊口をしのぐことができない土地で生活の糧を得る生業(なりわい)として農業に励み進めることが、知らず知らずのうちに森林削減につながってしまうのを避けられないこともある。そういった現実をどうしていけばよいか、もっと直視していく必要がある。
こういった課題にグローバルに取組み、企業とのパートナーシップを大事にする国際NGOとして、CIの活動はこれからますます注目を集めるだろう。

コンテンツ協力

浦口 あや 氏

一般社団法人コンサベーション・インターナショナル・ジャパン
テクニカル・ディレクター

【略歴】
環境問題に関わりたいという思いから、国際基督教大学で生物学、北海道大学大学院地球環境科学研究科(博士)で生態学を学ぶ。(株)三菱総合研究所に入社し、国内外の炭素クレジットを活用した森林プロジェクト形成支援、生物多様性などに関する調査等に携わる。2010年4月に国際NGOであるCIジャパンに転職し、自然を持続的に活用した発展に向け、熱帯国における森林関連のプロジェクトを主に担当。

【一般社団法人コンサベーション・インターナショナル・ジャパンが世界で展開する現地プロジェクト一覧】

[アジア太平洋]

・インド「西ガーツ北部における環境教育プロジェクト」

・インドネシア「グリーンウォールプロジェクト」

・カンボジア「プレイロング森林保全プロジェクト」

・カンボジア「中央カルダモン森林保全プロジェクト」

・中国「南西部山岳地帯におけるアグロフォレストリープロジェクト」

・フィリピン「キリノ森林カーボンプロジェクト」

[アフリカ]

・リベリア「東ニンバ自然保護区の保全事業」

・南アフリカ「地域社会の生活の質向上も目指す南アフリカ放牧地回復プロジェクト 」

[中南米]

・ブラジル「アマパー生物多様性コリドー森林保全プロジェクト」

・ブラジル「ブラジル・アマゾン森林再生プロジェクト」

・ブラジル「パラー州におけるアマゾン森林再生プロジェクト」

[国内]

・里山再生を通じた地域・人・自然共創プロジェクト