森林の新たな価値 産官学で関わり、創る

 脱炭素、生物多様性保全、水源涵養(かんよう)など多様な生態系サービスを生み出している森林。この自然資本により多くの企業が関係することを目指し、日本経済新聞社は2023年7月と10月に有識者会議を実施してきた。同年12月5日に開催された「日経SDGsフォーラム特別シンポジウム 森林、木材の利活用で実現する脱炭素社会2023」では、その議論を踏まえ、企業が森林と関わっていくヒントが数多く示された。

基調講演

地方活性化 林業で

岸 博幸

慶應義塾大学大学院

メディアデザイン研究科

教授

 人口減少の続く日本で、地域社会、特に中山間地域を持続可能に変えていくうえで、林業、木材産業を含めた第1次産業の役割は極めて重要だ。
 現在、日本では5つの大きな構造変化が動き出しており、そのいくつかは林業の発展にプラスに働くと考えられる。
 第1は、30年にわたって続いたデフレの終息だ。これからは物価が毎年上がるというノーマルな状態に戻っていく。第2は、国際情勢の不透明化による、グローバル化拡大の終了である。今後はサプライチェーンを国内に戻す動きが強まり、これが第1次産業にプラスに働く。第3は、世界的な人口減少。日本はこの問題のフロントランナーとして、人口減少が急激に進む地域社会で、第1次産業を軸にいかに持続可能につくっていくかが問われている。第4は、デジタルトランスフォーメーション(DX)。日本はこの30年間、DXの波に乗り遅れ続けた結果、生産性が低いままとなっている。一気にDXを進める必要があり、これが林業の人手不足問題の突破口となるだろう。第5は、グリーントランスフォーメーション(GX)。国際的には、脱炭素は当然として、次なるステップとして環境に負荷をかけないサーキュラーエコノミー、ごみを出さない循環経済の追求が始まっている。
 特にDX、GXの波が林業の成長を後押しし、政府としても林業を強化せざるを得なくなる。さしあたっては、林道などインフラ面の強化、人材確保に関する補助がほしい。そこが整えば、民間サイドの創意工夫で林業ビジネスは発展できる。

企業講演

木造化でSDGsに寄与

池田 明

三井ホーム

代表取締役社長

 木造による脱炭素効果の可視化、使用木材の国産化、及び中大規模建築物の木造化を推進すべく、2023年7月より、木造SDGs(持続可能な開発目標)プロジェクト「MOCX GREEN PROJECT」をスタートさせた。
 木造建築による炭素固定量を可視化する取り組みでは、創業以来供給した木造建物の炭素固定量を試算し、23年3月末での累計を発表。同年4月以降に新築された木造建物においても、出荷ベースでの木材使用量に基づいた正確な炭素固定量を算出し、累計炭素固定量をWebサイトで随時発信している。また、炭素削減努力が反映しやすい仕組みの導入を進めている。
 中大規模建築物の木造化については、木造建築を変革する要素技術の集合体を「MOCX」と定義し、技術ブランドとして用いている。要素技術の例としては、最大壁倍率30倍の高強度耐力壁(MOCX wall)、高遮音床、耐力壁を高強度化するタイダウンシステム、断熱屋根パネルなどだ。これらを用いて、入居者の二酸化炭素(CO)排出量実質ゼロの木造マンションや、英国名門パブリックスクールの食堂棟など多様な中大規模木造建築を展開している。
 国産木材活用への取り組みでは、川上から川下まで異業種メンバー連携による持続可能なサプライチェーンの構築、林業の成長産業化及び地方創生への貢献を目的として、22年11月にツーバイフォー建築における国産木材活用協議会が発足した。当初9社だった加盟社数は現在64社となり、国産木材に対する関心の高まりを感じている。

企業講演

シカ対策、森林再生の鍵に

山田 健

サントリーホールディングス サステナビリティ経営推進本部

シニアアドバイザー

 天然水を使う企業として、水源を涵養する「サントリー 天然水の森」の整備を事業として取り組んでいる。その際、重要な鍵となるのが、雨水を保持し、地下へ導入する健全な土壌の育成だ。
 手入れ不足で土壌の痩せた人工林を、段階的に間伐しながら下層植生を復活させ、針葉樹と広葉樹が混交する森林へと導いている。森の土壌は多様な植物の根に守られ、それら植物に依存する多様な動物によって豊かになる。
 直近の課題は、シカによる食害だ。強い採食圧で苗木や下層植生が喪失し、土壌流出や斜面崩壊が起きている。森林の健全な整備が阻害され、生態系全体への脅威になっている。
 シカの食害から森林生態系を守るため、現場では柵による保護、シカが好まない植物による地表の被覆、自治体などによる適切な生息密度の調整という3点セットで対応している。ただ、そうして一部エリアを守っても、外から飢えたシカが再生した草木を目指してやって来る。シカの分布域の拡大があまりにも急激で、企業や自治体の努力では対応が困難になっている。
 国土防衛という観点からも、国による本格的な対策が望まれる。例えば、植生保護柵や有害動物駆除への補助金の増額、ジビエ処理施設に納品する際の有償化、ジビエのブランド化への援助などが考えられる。
 生物多様性に富む針広混交林は、短期的な取り組みでは育たない。調査と整備というR‐PDCAサイクルを地道に繰り返しつつ、シカ対策などでは広域で連携していくことが必要だ。

企業講演

「伝統」「ウェルネス」顧客と共創

水落 秀木

清水建設 設計本部

木質建築推進部 部長

 脱炭素化だけでなく、生物多様性の保全、森林資源の循環保全といった面からも、木材の利活用、とりわけ木質部材を適材適所に使用する木質建築が注目されるようになった。行政も木材利用を促進するため、様々な法改正を実施している。
 民間の意識も大きく変わった。環境に配慮した企業や製品に対する投資が浸透し、SDGsの達成を企業として目指す機運が高まっている。また、人に対する健康快適性、ウェルネス向上への関心も高まるなど、様々な要因が絡んで木材の利活用が注目されている。
 このような状況の中、建設業界では、これまで木造化率が低かった非住宅、特に中大規模中高層建築の木質化を推進している。木質化を実現するには、地震や火災への対応が必要だ。この難題をクリアするため、当社は新しい木質ハイブリッド技術を開発、「シミズ ハイウッド」シリーズとして展開している。木質部材を適材適所に使用し、建物を最適に木質化することを目指した技術だ。中大規模の木質建築に求められる高い耐震性、耐火性を満たすだけでなく、意匠性、施工性、経済性に優れた建築を実現できる。
 これら技術を活用し、建物を木質化することで、「伝統的な格天井を取り入れた大空間」「社員が集うオフィス」「地産材を利用して地域創生に貢献」「特産のCLT(直交集成板)部材を活用した新たな共創の場」「木質空間による健康快適性への配慮」など、顧客の新しいニーズに応えることが可能となった。今後も、顧客と共に新しい価値の創造を進めたい。

パネルディスカッション❶

境界・所有の明確化急げ

【パネリスト】

  • 風間 篤

    三井住友信託銀行
    フェロー役員
    地域共創推進部 主管

  • 太田 望洋

    アジア航測
    森林ソリューション
    技術部 部長

  • 堀川 智子

    中国木材
    代表取締役会長

  • 加藤 正人

    信州大学 農学部
    特任教授

【コーディネーター】

  • 小原 隆

    日経BP 総合研究所
    上席研究員

データ活用が一歩に

 小原 森林境界の確定が困難であることが、森林活用の障壁になっているとの指摘がある。
 堀川 日本の林業は、北米や北欧と比べて人件費単価は約半分にもかかわらず、伐採や運搬費用は倍近いコストがかかっている。欧米では林業の大規模化、施業の効率化でコストを抑えているが、日本では山の所有者が細分化されていて、所有者不明の土地も増えている。
 当社では大規模化・効率化を目指しているが、境界が確定していないと山林の購入さえ難しい。地籍調査が進んでいないエリアほど伐採率が悪い傾向もある。境界を確定して大規模化を進める、あるいは所有者の了解を得て林道を整備できるようにしないと、国際競争に勝てない。
 加藤 所有者不明の森林や境界の明確化が遅れている森林の面積があまりに膨大で、境界の確定をあきらめる雰囲気になっている地域が多い。これでは地域林業は進まない。
 風間 弊社は、我が国の森林の担い手不足や相続問題を解決する一つの方法として、森林信託を手掛けている。
 森林信託とは所有者(委託者)から森林を受託し、信託契約に基づいて、受託者が財産の管理運用を行うものだ。受託者は、信託財産の管理運用による収益を、受益者に信託配当という形で交付する。信託の設定は所有権を移転するため、財産を確定する必要があり、山や森林であれば境界を確定することがその第一歩となる。
 ところが森林の台帳には、森林簿や林地台帳、さらには登記簿と複数あり、各データが異なっていて連携されていない。そのため、森林信託の受託例はまだ数少ない。官民挙げての対策が必要だ。
 小原 境界の確定を進めるにはどういった方法があるか。
 太田 2022年度末時点で、地籍調査の進捗率は全国で52%、林地では46%にとどまっている。地籍調査とは別に、市町村が林野庁の補助や森林環境譲与税を用いて、森林境界明確化事業に着手しているが、思うようには進んでいない。
 従来型の森林境界明確化では、境界ごとに所有者の立ち会い、境界杭などを確認して測量し、その境界について同意を得るというプロセスが必要になる。しかし、現場に立ち会いに行くのが困難だったり、自分の山の境界を把握していなかったりする所有者が多いなどの課題がある。
 そこで、リモートセンシングを活用した境界明確化が進められつつある。航測データで得られた地形や林相といった情報を参照して境界線の案を作成して、それをもとに同意を得るものだ。現地調査も必要だが、労力を最小限に抑えられる。


排出枠 普及に期待

 小原 森林の新たな活用法としてJ−クレジットが注目されている。どんな課題があるか。
 風間 林業を活性化させるには、これまでの「切って植えて育てて切って」という流れだけではなく、収益の多角化を進める必要がある。カーボンニュートラルやSDGsの流れはこの多角化を強く後押しする。その一つの表れが、CO排出量の削減や吸収量を国が認証してクレジットを発行する制度、J−クレジットだ。環境面と経済面の両立を目指す仕組みで、森林関係では、森林経営活動、植林活動、再造林活動の3つが適用範囲になる。炭素固定の観点から森林由来のJ−クレジットが普及すれば、木材販売だけでなく炭素吸収のクレジット認定を取って販売することで、林業に新たな収益源をもたらす。
 また、GXに積極的に取り組む企業群が経済社会システム全体の変革を議論し、新市場創造のための実践の場として、23年10月に「GXリーグ」が設立された。実証事業を通じて、森林由来のクレジットを活性化させる方法も検討されるだろう。
 小原 実際にJ−クレジット登録をした立場から、課題や展望を聞きたい。
 堀川 認証までの手続きの簡略化を望みたい。ともあれJ−クレジットにはおおいに期待している。林業はもうからない事業になっており、植林する意欲も湧かず、再植林率が3割程度と厳しい状況だ。クレジットにより林業に利益がもたらされるようになれば、森林経営の現場も盛り上がっていく。今後は、さらに植林につながるようなクレジットの仕組みを期待したい。
 小原 森林・林業の盛り上げのために企業ができることは。
 太田 1つは集約化・効率化された林業の実施だ。なりわいとして利益を出しながら森林と関わることが大事だ。2つ目は森林の新たな価値を商品にしたビジネスの実践。森にはまだ眠れる価値がある。それを商品にしてビジネスを展開すれば新たな森林との関わりが増える。3つ目は生物多様性の保全だ。社有林の管理やボランティア参加といった関わりになるだろう。
 これらの実現に向けて、当社では、素材生産や製材に活用できる森林情報を提供している。今後は建築や工芸、バイオマス、観光、医療、教育などに活用できる情報も提供していく。


「国の宝」育む視点を

 風間 山や木に新たな価値が見いだされれば、投資対象にしたいというのが金融機関の立場だ。米国ではすでに森林が金融商品になっており、森林REIT(森林不動産投資信託)が上場までしている。森林大国といわれる日本でも森林という自然資本を金融商品に変えていくことが大事だ。技術や情報面、そして法的な整備を官民で進めていけるとよい。
 堀川 木造住宅の6割がヨーロッパ材となっているが、国産材でもスギは大変リーズナブルな価格で、耐久性や防虫性能なども優れている。家を建てる人が「国産スギを使いたい」と要望していただけるとありがたい。
 加藤 林業の川上と川下のデータを連携させ、流通コストを削減しながら、山元に還元する実証実験を開始した。現状、国産材生産では、見込みに基づいた伐採により、薄利多売を余儀なくされているのが課題だ。
 それを、リモートセンシングなどを活用しながら山の立木のデジタル在庫を構築し、注文を受けてからピンポイントで切り出す流れに変えれば、川下の建築側では欲しい資材が安定的に確保でき、川上の山側では収益が安定する。この森林産直のサプライチェーンが実現すれば、山元にも利益が還元され、再造林も進むだろう。一つの地域モデルにしていきたい。
 小原 森林の利活用で資源を循環させるには、お金の循環が必要だ。森林の育成は数十年がかりとなる。長い視点で国の資源、国の宝である森林をどう使っていくかを考えていきたい。

対談

若い世代の参入期待

  • 長野 麻子

    モリアゲ 代表

  • 奥川 季花

    ソマノベース
    代表取締役

 長野 私はかつて林野庁に勤務し、木の活用を推進する「ウッド・チェンジ」運動などに携わっていたが、日本の森林を次世代につなぐため、森を盛り上げたいという思いがつのり、退職して株式会社モリアゲを立ち上げた。その林野庁で実施していた木の活用に関するアイデアコンペ「WOOD CHANGE AWARD 2020」で3位に輝いていたのが奥川氏らの「戻り苗」のアイデアだ。


「面白そう」起点に

 奥川 受賞がきっかけでソマノベースを立ち上げることになり、感謝している。植樹を通じて土砂災害の人的被害をゼロにすることを目指した起業だ。戻り苗というプロダクトは、植林用のウバメガシの苗木を自宅や会社のオフィスの中で育てるキットだ。どんぐりから育てて2年たったら山に戻すもので、通常、林業では苗木は数百円で取り引きされているが、同キットは1万2000円という価格を付けている。林業関係者からは驚かれるが、当社が販売しているのは苗木そのものではなく、「2年育てて山に戻す」という体験だ。
 そのため、販売して終わりではなく、公式LINEなどを通じてユーザーと常にコミュニケーションを取り、苗のメンテナンスの仕方や、苗木が戻る山にはどういう植生があるのかといった情報を伝えながら、育てる楽しさを体験できるよう心がけている。それを通じて、植林が山の防災にどうつながるのかを、普段は山と無縁の都会の若い世代の方々に感じてもらうことを目指している。狙い通り、ユーザーのSNS発信を通じて、これまでなかなか林業界がアプローチできなかった20〜40代の若い世代にも取り組んでいただいている。
 それまで環境への関心がなかった層が、「どんぐりから芽が出るんだ、面白そう」「かわいい」といった観点から始め、そこから山への関心を持ち始めるケースが目立つ。


CSRの一歩にも

 長野 メディアからの注目も大きい。
 奥川 メディアでの紹介がきっかけで企業の社会的責任(CSR)やサステナビリティへの取り組みとしても導入されている。特に中小企業からは、取り組みの第一歩として始められる手軽さが好評だ。開始から1年たち、38社に導入された。
 長野 導入した企業の受けとめは。
 奥川 オフィスのエントランスや会議室などに鉢を置くことで、環境保全活動に取り組んでいるPRになると好評だ。また、苗を育てる行為を通して、森林に対する愛着や責任感、当事者意識が芽生えるようだ。苗を植える和歌山県田辺市を従業員が自主的に訪問したり、企業が田辺市に寄付をしたりするようになったという話も聞く。
 こうした縁から、企業や林業界から様々な課題が寄せられるようになった。脱炭素や都市緑化といった文脈での相談も増えている。
 長野 ソマノベースはどんなメンバーで構成されているのか。
 奥川 若い世代8人だ。ありがたいことに戻り苗が好評で、8人では回しきれない規模になりつつある。森林に関わる人を増やすため、当社では、業種を問わず多様な企業や若者を巻き込んで一緒にプロジェクトをつくっていくことを大切にしている。たとえば、ヒップホップ系のデザインや撮影を手掛けている人が参加することで、従来の林業界にはないテイストのプロダクトが生まれるなどしている。
 土砂災害の危険性を含め、全国の森林に課題がある。戻り苗のモデルを全国に広げていきながら、様々な地域の子どもたちや若い世代が森に目を向け、関わるきっかけをつくりたい。
 長野 若き起業家として、企業に呼び掛けたいことは。
 奥川 脱炭素社会などの理想は、林業の現場の働きがあってはじめて実現が可能になる。私たちは常日ごろから森林の恩恵を必ず受けているのだが、その恵みを森林に還元していくことができていない。あるいは難しいと思い込んでいる。しかし、そのままでは、脱炭素社会の実現はもちろん、私たちの生活そのものの維持も困難となる。自社事業が森林とは無縁だと思っている企業の方々にも、できることから取り組んでいただければと願っている。
 長野 森林の活用には大きな可能性がある。若い起業家の挑戦を盛り上げたい。

パネルディスカッション❷

異業種共創を原動力に

【パネリスト】

  • 小坂 善太郎

    林野庁 次長

  • 速水 亨

    速水林業 代表

  • 水谷 伸吉

    more trees 事務局長

  • 加藤 正人

    信州大学 農学部
    特任教授

【コーディネーター】

  • 長野 麻子

    モリアゲ 代表


目指すは「一社一山」

 長野 地球環境問題は人間活動の肥大化が原因で起きている。持続可能な社会を次代に引き継ぐため、脱炭素、循環経済、自然再興を同時に達成していくことが重要だ。その鍵となるのが森林である。林業を成長産業に変えて木材を活用することも大事だが、森が70兆円を超える多様な生態系サービスを提供する場であり続けることがサステナブルな社会にとって不可欠だ。
 森の恩恵をまったく受けていない企業など存在せず、森を滅ぼした文明は続いていない。企業の方々には、森の持続性に自分事として関わるため、「一社一山」の精神で、企業版ふるさと納税、J−クレジットなども活用して森と関わっていただきたい。それは企業の健康経営や従業員のウェルビーイングにもつながるだろう。
 小坂 林野庁では、民間企業などによる森林整備・木材利用の促進のため、様々な取り組みを行っている。
 一つは優れた取り組みの顕彰だ。例えば、22年から始まった「森林×脱炭素チャレンジ」は、森林づくり活動などを通じて、脱炭素社会の実現に貢献している企業などの取り組みやその価値を多くの人々に知ってもらい、さらなるチャレンジを後押しするための制度だ。木材利用については「ウッドデザイン賞」を、9年にわたり実施している。
 制度的な取り組みとしては、J−クレジットの仕組みを設けている。こちらについては、主伐をすると炭素排出となるという課題があったが、22年に見直し、再造林を促す仕組みを導入した。また森林に対する投資を促すため、森林投資に関するガイドラインを取りまとめた。生物多様性保全や温暖化対策に際して、どんな投資がありうるのかを示したものだ。
 こうした取り組みを推進するために、森林づくり全国推進会議、ウッドチェンジ協議会が発足された。企業の皆さんとの連携を広げ、森林資源の循環における様々な場面で一緒に取り組んでいきたい。
 長野 林業の現場で感じることは何か。
 速水 森林管理にあたっては、数十年にわたる継続的な出費が求められる。その一方で、民間の投資では、「投資して何%の利益が出るのか」といった数字の説明が求められる。その結果、新規参入した企業は目先の利益を求めて、森林を安く購入し、大規模な伐採をしてしまいがちだ。森林を守るため、そういった動きに対しては行政の適切な関与を求めたい。
 現在、世界的に違法伐採が進んでいる。各企業においては、木材を利用する際、取引先のデューデリジェンスを徹底し、森林破壊に加担することのないよう注意されたい。子どもや若者の間では「この材木は環境、人権に配慮されているか」といった問題意識がすでに浸透しつつある。木材が適切に生産されたものであることを示す認証マークへの認知度も高い。こうした状況をふまえ、企業の環境担当だけでなく、総務や経営企画、広報、営業担当の方々は意識改革を急ぎたいところだ。


気づきが関係人口増やす

 長野 消費者を対象に、「都市と森をつなぐ」をテーマに活動している森林保全団体の立場からも意見を聞きたい。
 水谷 山林の所有者、伐採業者、素材生産、製材加工、そして流通消費というサプライチェーンが分断されがちであることに問題を感じている。more treesは、消費者側に森林を身近に感じてもらうことで分断を緩和し、つないでいくことを目指して活動している。
 植林活動にあたって力を入れているのは、奥山など生産に向かないエリアだ。戦後の拡大造林の際に針葉樹を植えてしまったアクセスしづらい森林を、手入れ不用な地場に合った広葉樹林に戻していく。そういった活動を企業と共に展開している。
 モリアゲで一社一山を提唱されているが、我々はその第一歩として、ネーミングライツ的に企業の看板を山に設置し、そのエリアの造林育林の資金をスポンサードしていただくといった形で、生産に向かず補助の付きづらい領域をカバーしている。
 協力いただく企業側には、脱炭素やネイチャーポジティブに取り組むという文脈が強くある。その思いに応えられるよう、植林活動で吸収されたCOの算定や見える化をしていく取り組みなども積極的に行っている。
 様々な取り組みの中で、特に効果を感じるのが、実際に経営者や従業員の方々に現場の森林に足を運んでいただくことだ。「脱炭素」という題目のために半信半疑で森づくりにコミットしていた企業が、従業員や経営者が植林活動に参加することで、「こんな素晴らしい活動に参加していたのか」と腹落ちする。「社員研修やチームビルディングに使える」といった新たな発見もある。そうやって企業の方々が森林の「関係人口」となることが、持続的な活動に非常に重要だ。


アカデミアの活用も力

 長野 企業が森林に投資するにあたり、どういった点に着目するとよいか、学術的な立場からアドバイスをいただきたい。
 加藤 ポイントは3つある。1つは脱炭素、生物多様性につながる森林整備や森林情報に関心を持つこと。森林などの生物多様性情報を自社で集積、共有して、それを基盤とする企業内森林ベンチャーをつくってはどうか。森林に関するスタートアップや民間団体を支援するのもいいだろう。日本のために、新しい森林ビジネスに参画していただけると幸いだ。
 2つ目は、公共財産である森林の整備への投資だ。脱炭素、SDGs、GXの一環として投資をお願いしたい。
 3つ目は人材の育成である。大企業は海外大学との連携に積極的だが、日本の森林に精通した国内のアカデミアの活用も検討していただきたい。日本の学生は真面目で優秀だ。森林に関連する農学、生物資源、情報、社会経済について学んだ人材はサステナブルな活動でその力を発揮するだろう。
 大学も近年は産学連携に意欲的だ。連携講座や寄付講座という選択肢もある。
 水谷 我々の活動でも、国内のアカデミアの協力は不可欠だ。特に広葉樹の造林・育林については、戦後の林業の中では少数派だったため、知見が十分に蓄積していないように思えるかもしれない。そうした領域でも、各地の大学には、広葉樹の造林や森林生態学を専門とする研究者がいる。地域にふさわしい森の再生に向け、多くの研究者に協力いただいているところだ。
 小坂 日本の林業は変革期を迎えている。先人は住宅用に高く売れると思い木を植えたが、価格が低下した。一方で、今や炭素吸収や森林浴がビジネスになろうとしている。今までとは違った、常識にとらわれない新しい試みが求められている。異業種とタッグを組み、新たな森林サービスを創出してはどうか。林野庁もそうした挑戦を支援していきたい。

協賛

特別協力

  • 清水建設