スマート林業確立へ DXで生産性向上

5月9日、日経SDGsフォーラム特別シンポジウム「森林、木材の利活用で実現する脱炭素社会」(会場は東京・千代田区の日経ホール)がリアル&オンラインのハイブリッド形式で開催された。昨年、政府が打ち出した2050年温暖化ガス排出量実質ゼロ宣言以降、脱炭素への流れが加速する中、社会的共通資本としての森林の役割が改めて注目されている。森林と木材の利活用について、産官学の代表者が議論を深めた。

基調講演

脱炭素へ価値を増す森林と木材

高村 ゆかり 氏

東京大学未来ビジョン研究センター 教授

気候変動対策への取り組みが加速している。世界平均気温の上昇を1・5度に抑えるために、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラル(ネットゼロ)実現の必要性が、国際的に共有されている。この動きに合わせ、森林減少や土地劣化を30年までにやめる取り組みも進む。国内外の金融機関や投資家もカーボンニュートラルの動きに参加。ネットゼロへの取り組みが投資の判断材料となりつつある。

日本においても気候変動政策が次々と打ち出されている。その一つが「グリーン成長戦略」。カーボンニュートラルに向けて変わる社会と市場の変化に対応し、産業の次世代化、構造転換を引き起こすことが狙いだ。14の重点分野の中に農林水産業も含まれる。

企業の気候変動対応を評価して投融資する金融機関や投資家の動きが目立つ。企業の気候変動関連情報開示の強化や法定化の動きも進む。気候変動を含むサステナビリティー情報開示の国際基準の統合化の進行と同時に、森林や水など自然資本に関する情報開示についても指針化の作業が進んでおり、23年にも公表される見込みだ。既に多くの企業がパリ協定と整合的な目標を掲げており、ここ1年で中小企業の参加も大きく増えた。

脱炭素社会の実現にあたり、改めて重要性が認識されているのが森林や木材の活用だ。温室効果ガス排出の削減を進めるとともに、バイオ経済と森林吸収源を促進することが不可欠である。日本には国有林、公有林はもちろん、民間企業が所有する森林も多くあり、こうした森林をいかに持続可能に利用・保全していくかは大きな課題だ。

国内だけでなく、世界に視野を広げることも必要だ。利用する木材がどこから来たのか、どのように伐採されていて、現地の生態系に影響を与えているのか。企業には自社のサプライチェーン全体に目配りした対応が求められるようになった。こうした取り組みを評価し後押しする政策と制度も必要となる。

基調講演

森林大国として木材の国産化を

天羽 隆 氏

林野庁長官

日本はOECD加盟国中3位の森林大国である。森林蓄積は毎年約6千万立方メートル増加、現在54億立方メートルに達する。そのうち面積ベースで人工林の半分が樹齢50年を超える。これらを資源に積極活用していくべきだ。

カーボンニュートラルの観点では、「2030年度までに温暖化ガス排出量を13年度比で46%減らす」という目標に向けて、森林の確保を強化し、木材による炭素貯蔵量の拡大を図る必要がある。森林がCO2を吸収し、その樹木を切って木材にすれば、炭素の長期貯蔵が可能になる。また、プラスチックなど石油由来の素材や化石燃料の代替に木材を利用し、次の苗を植えて育てれば、若い森林は高齢の森林よりCO2を多く吸収するため、炭素吸収量の増加にもつながる。

このように森林の活用を循環させ、持続性を高めながら、グリーン成長を促進したい。
実現には、木材利用のさらなる拡大も必要だ。現状、低層住宅の8割は木造だが、使用されている木材の約半分は外国産であり、国産材に替えていく余地がある。また、中高層建物は住宅、非住宅に関わらずほとんどが鉄筋コンクリート造だが、これも木材の活用を進めたい。その後押しとして、昨年、民間建築物における木材利用の促進を目的とした、公共建築物等木材利用促進協定制度を創設した。森林のうち、林業の適地では適正な伐採と再造林を実施し、それ以外は針葉樹と広葉樹の混交林とすることで、森林吸収量の確保強化と国土の強靱(きょうじん)化を図る。

それには新しい林業の確立も急務だ。経営の黒字化に向けて、成長スピードの速いエリートツリーの活用や、低コストでの再造林、獣害対策を推進する仕組みを官民で協力してつくり上げていかなければならない。
国としては、森林環境譲与税を適切に山の整備に役立てること、山に人と資金を呼び込む一助として、温室効果ガスの排出量や吸収量を売買できるクレジット制度活用などの議論を進めている。

基調講演

植林、育林の加速が重要課題

水谷 伸吉 氏

more trees 事務局長

脱炭素に向けた取り組みは着実に進んでいる。すでに140カ国以上の国や地域がカーボンニュートラル化を宣言し、さまざまな支援策、もしくは規制強化を実施している。こうした動きに伴い産業界でも、カーボンニュートラル化を宣言する企業が増加している。

日本企業も例外ではない。「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」や、企業による温室効果ガス削減目標「Science Base Targets(SBT)」などへの加盟企業・参加企業が増えている。ビジネスのルール変更、ゲームチェンジが進んでいるということだ。特に注目したいのが、炭素生産性である。国内総生産(GDP)や付加価値を生み出すに当たって排出されるCO 2 をいかに減らし、より効率的に商品やサービスを提供していくか。この炭素生産性を高めていくことが求められる。

具体的には、森林木材の循環においては次の点がポイントとなる。一つは森づくり。近年、各地の山林で皆伐が進んでおり、その跡、再造林が進んでいないところが65%もある。今後、さまざまな民間セクターと協力しながら、植林・育林を進めていく必要がある。我々more treesも国内外で植林活動を展開しており、未植栽の場所に、多様な樹種の広葉樹をミックスして植えていく活動に力を入れている。

こうした活動への企業の参加を促すには、植林や森林整備によるCO2削減効果を定量化、見える化することも重要だ。その一つがJ—クレジット制度だが、現状では再造林や木製品の利用は対象外となっている。これらも対象とすることで、森林由来のクレジットの普及を後押しすることができるだろう。

もう一つのポイントは国産材の利用の促進。住宅などの規模の大きい分野だけでなく、企業のノベルティーにも利用するなどの取り組みも推奨したい。そうした積み重ねにより、木材利用について、社内外の理解を醸成していけるだろう。

協賛

  • SUNTORY
  • 三井物産株式会社
  • AEON イオン環境財団
  • いのちをつなぐ SARAYA
  • アジア航測株式会社

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